宮内庁長官が明かした真実

 

 実際、天皇陛下が〝生前退位〞の意向を示されたのは、いつごろから、誰に対して、どのような形で伝えられてきたのでしょうか。

 この点については、昨年7月の段階で知りえませんでした。しかし、8月の「お言葉」放送直後から「宮内庁の関係者」であった前宮内庁長官の羽毛田信吾氏が新聞各紙のインタビューに応じられ、おおよそ判明しました。

 羽毛田前長官は、昭和17年(1942)山口県萩市の出身です。京都大学法学部を卒えて厚生省に入り、事務次官を退いた平成13年(2001)から11年余り宮内庁の次長・長官を務められました。ついで宮内庁参与を委嘱され、翌年から「昭和館」の館長を兼ねておられます。

 この方が、4年前の平成24年6月1日、宮内庁長官を退くにあたり、「(陛下が)時の経過と共にお年を召されること、また体力の面でこれまで通りのご活動がだんだん厳しくなることは避けられない。そうした時、たとえば85歳というような時(平成31年)に、いまの象徴天皇としての地位と活動というのをどう考えていくのか。これまでどおり一体不離ということで考えていくとすれば、深刻な問題が出てくるだろうと思う。……やはり天皇陛下のご長寿(高齢化)と共に、地位をどう継承していくかということを考えなければならない。」と指摘しておられます。

 これは、立場上かなり遠回しな言い方になっています。しかし、「長官を退任する際の記者会見で、(皇室典範の)終身天皇制に関する私自身の問題意識として語った。……陛下のお悩みを代弁したつもりだった。」(日本経済新聞・8月9日朝刊)と述べておられます。

 ここにいう「終身天皇制に関する……陛下のお悩み」が、実は「生前退位(高齢譲位)のご意向」であったとは、当時まったく気づきませんでしたが、今あらためて退官記事を読み直しますと、「そうだったのか」と思いあたります。
 
すでに6年前、参与会議で表明された意向
 
 羽毛田信吾氏が宮内庁長官になって5 年目、今から6年前の平成22年(2010)、関係者にとって大変なことが起きました。その7月22日夜、皇居の吹上にある御所の応接間において開かれた「参与会議」の席が舞台です。
 
 参与会議というのは、宮内庁関係の要職を卒えた方など数名が、天皇陛下から委嘱を受けて御相談にあずかるため、毎月1回ほど会合する(3年更新)といわれています。当時の参与は、前宮内庁長官の湯浅利夫氏(75歳)と、元外務事務次官の栗山尚一氏(79歳)と、東大名誉教授の三谷太一郎氏(74歳)の三名です。そして会議には現職の羽毛田長官(68歳)と川島裕侍従長(68歳)が、毎回同席しています。

 その席の主役は、もちろん天皇陛下(76歳)であり、皇后陛下(75歳)も傍らにおられます。いつも和やかな雰囲気で、みんな自由に意見を述べるのですが、この日は陛下みずから次のように切り出されたそうです。
 
 私は譲位すべきだと思っています。

 それを耳にした参与の一人は、「そのようなご意向があることは(羽毛田)長官から間接的に伝わってきていたが、本当に議題となろうとは思わなかった」と語っています。
 
 そして、出席者たちは、「前例もあることですから、摂政を置くということで対処なさったらどうですか」とか、「皇太子殿下に摂政として経験を積んでいただくことは、将来的にも悪いことではありません」などと口々に申し上げています。その議論に加わられた皇后陛下も、当初は「摂政案を支持し、退位に反対された」ようです。

 ところが、陛下みずから強い口調でキッパリと「摂政では駄目なんだ 」と仰せられ、その理由として「天皇という存在は、摂政によって代行ができるものではない 」のだから「皇太子に譲位し、天皇としての全権と責任を譲らなければならない 」と強く仰せられたそうです。

 それを承っても、「出席者たちは、摂政案を主張し続け」ましたところ「天皇はご自分のお考えを何度もご説明にな」られ、「摂政案は、こちら(出席者)がどう申し上げても、受け入れられなかった。お考えはすでに固まっている」ことがわかってきたのです。いつものように夕食を共にしながら7時に始まった会議は、夜中の12時すぎまで続いたとの証言から、やりとりの激しさが窺われます。

 この参与会議における「譲位」論議は、その後も再三くり返されました。そのうちに「当初は摂政の設置で解決するべきだとしていた皇后も、天皇の固い意思を確認され、やがて退位を支持するようにな」られ、また「出席者たちも、天皇を説得することは不可能であることを悟るようになった」のです。そして年を越すと(平成23年早々ころか)、議論は「退位」(譲位)を前提として、「後継体制をどのような形にするか」「天皇のご意向をどういった言葉で表現し、いつ表明すべきか」を話しあわれたそうです。

 ともあれ、「生前退位」(高齢譲位)のご意向は、すでに6年も前から身近な関係者に打ち明けられ、理解と賛同をえておられたことが、これで明白になったのです。