<第10回>

11月×日【ラーメン 嫌い】(前編)

小腹が空いていたので、ラーメン屋に寄った。

僕にとってラーメンとは「好きでも嫌いでもない」食べ物である。
動物で言うなら、ラクダ。音楽でいうなら、ジャズ。授業で言うなら、家庭科。そんな感じで、ラーメンは「好きでも嫌いでもない」ポジションに立っている。

初めて入ったそのラーメン屋の食券機の前に立つ。

「濃厚白湯鶏拉麺全部入」
「薄味豚骨油抜」
「刻焼豚入卵炒飯(少量)」

ラーメン屋のメニューは、もはや暴走族のスプレー落書きみたいなことになっている。なにを頼んでいいのか全くわからず、食券機の前で考えあぐねていると、うしろに人が並んでしまった。
男の人だ。
彼は冬だというに、変に薄着であった。

「あ、すいません。お先にどうぞ」
すると、その男の人は僕に
「いいんですよ、ゆっくり考えてください」
と、まるでブッダのごとき微笑みを投げかけてきた。
その、なにを狙ってるのか全くわからない優しさがなんか気持ち悪かったので、いそいで一番上のボタンを適当に押して席に着こうとした。するとその男の人はあろうことか、
「このお店は、初めてですか?」
とさらに僕に声をかけてきた。



「このお店は、初めてですか」
バーでひとりで飲んでいる妙齢の女性に声をかけるときにしか出てこないセリフである。そしてここはラーメン屋で、僕は妙齢でもなんでもない、男性である。

最初、店員さんかこのお店の関係者かと思った。しかし、そういうわけでもなさそうだ。

男は僕の目の奥をしっかりと捉えながら、ニコニコとした笑顔を絶やさぬまま、食券ボタンをブラインドタッチで押した。
すごく気持ちが悪い。
「あ、はい。初めてです…」
目を伏せながら答え、逃げるようにそそくさとカウンター席に着く。

がらがらの店内。
すると隣に黒い影。さっきの男の人が、なぜか空席だらけの店内で、僕の隣に腰をおろした。

「ここのラーメンね、すっごく、美味しいんですよ」

男の目は、僕を見ているようで、虚空を見ているようだった。焦点が、合ってない。
その瞬間、僕の心の中のエマージェンシーランプが真っ赤な回転灯と共に「ピーガーピーガー!」と鳴った。(次回に続く)

12月7日(土)・8日(日)、作・演出・出演のミラクルパッションズ・コントLIVE「生き物のセクシー」開催。詳しくはhttp://mp-s.net/まで。


*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。