「将来、南相馬市に書店を出したい」そう話すのは作家の柳美里氏。柳氏にとって作家デビュー30年、芥川賞受賞から20年と節目の年に出版した初の新書『人生にはやらなくていいことがある』が売り上げを伸ばすなか、そうした「書店への思い」から新たな試みも行った。『人生にはやらなくていいことがある』刊行に際し、「書店に足を運んでもらえるきっかけになれば」と出版社、書店とタッグを組み、親交のある著名人の寄稿、作家生活を振り返ったインタビュー、お勧めの書籍を紹介する『柳美里新聞』を発行。350店舗以上に無料で設置されている。出版関係者や読者からは「改めて柳さんの本を読んでみたいと思った」と声が上がる。まだまだ本にはできることがある。そんな思いを胸に書き続ける柳氏が、自身の書店に置きたい本を紹介。

ゆがんでしまった過去の記憶と向き合う

 日本と韓国のあいだには「慰安婦」問題があります。

 かつて「慰安婦」だった女性が当時のことを証言すると、風景や場所の整合性がつぶさに検証され、少しでも矛盾や間違いが見つかれば、被害者の発言のすべてが虚偽だと決めつけられてしまう。でも、過去の記憶をたどってみて下さい。そもそも記憶というものは、記憶する過程でゆがみ、事実のまま再生されることはありえないのです。特に、トラウマとなる大きな痛みを伴う出来事は――。

 わたしも小学生時代のいじめ体験の細部を思い出すことができません。校庭で数十人の同級生に囲まれて、「脱がせコール」が巻き起こり、全裸にされたことがありました。「脱がせコール」が大きくなって、人垣の輪が狭まってきて、わたしのスカートに数本の手が伸びてくる――その先の記憶がないのです。場面は飛んで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っています。その音は、いま鳴っているようにありありと思い出せるのですが、裸の自分の姿は、校庭にあったイチョウの木のてっぺんから眺めているようにしか思い出せないのです。感情が抜き取られている。

『憎むのでもなく、許すのでもなく―― ユダヤ人一斉検挙の夜』ボリス・シリュルニク 著、林昌宏 訳、吉田書店

 『憎むのでもなく、許すのでもなく』は、ユダヤ人の精神科医、ボリス・シリュルニクが書いた一冊です。

 1944年1月、著者は6歳の時にユダヤ人一斉検挙で両親を失い、自身は収容所に送られる直前に脱出します。この本が出版されたのは2012年ですから、自身の耐え難い記憶と向き合うまでに68年の歳月を要したわけです。

 「思い出は、現実をよみがえらせたものではない。思い出は、われわれの心の中の劇場において、真実から表象をつくるために、真実の断片を寄せ集めたものなのだ。心の中で上映される映画は、われわれの物語や人間関係の帰結である。われわれは幸福であるとき、自分たちが感じる幸せに一貫性を与えるために、真実の断片を記憶の中から探し出し、それらを組み立てる。そして不幸なときも、自分たちの苦しみに一貫性を与える真実の断片を探し出す。」

 不幸な記憶を一つひとつ辿っていき、自身の経験として取り戻す作業。ボリス・シリュルニクは、この本を記すにあたって、かつて逃亡した場所、潜伏した場所を訪ね、当時を知る人を探し出して話を聞いています。そして、事実だと思っていた自分の記憶が、いかに事実とズレていたのかを知るのです。

 「慰安婦」だった女性に対して、「取るに足らない日常の記憶は誰だって忘れる。でも、自分の運命を左右した出来事を忘れるはずはない。彼女たちは嘘つきだ」という言葉を投げつける人が多いですが、「解離性健忘」というのは、耐え難い経験をした人に起きやすい症状で、自分の運命を左右した記憶が空白になってしまう、あるいは大きくゆがんでしまうのです。

 脳の中で、海馬は新旧の情報を脳に記憶・貯蔵して、それを検索して引っ張り出すという役割を担っています。苦痛や恐怖の中で生き延びようとすると、ストレスホルモンであるコルチゾールが大量に分泌され、海馬が萎縮するそうです。

 精神科医になった著者は、強制収容所から生還した人たちや、途上国の恵まれない子どもたちの支援に長年携わり続けました。その専門的な仕事を通じて、ようやく自身の記憶の空白とゆがみに向き合うことができたのです。

 この本の最後の3行です。

「私にとっての選択肢は、罰するか、許すかではなく、ほんの少し自由になるために理解するか、隷属に幸福を見出すために服従するかである。憎むのは、過去の囚人であり続けることだ。憎しみから抜け出すためには、許すよりも理解するほうがよいではないか。」