イラスト/フォトライブラリー
『江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

享保(1716~36)のころ、田所町の大店の主人が吉原の遊女を身請けして、妻に迎えた。夫婦仲は睦まじく、まわりもうらやむほどだった。夫は美人の妻が自慢だったが、ひとつだけ疑念があった。妻は自分用の箪笥のひとつに固く錠をおろし、奉公人はもとより、誰にも絶対に手を触れさせないのだ。

あるとき、夫は冗談まじりに箪笥に手をかけた。
「中身はなんだね。俺には、見せてくれてもよかろうよ」
「たとえおまえさんでも、これだけはお見せできません」
妻は顔色を変え、かたくなに拒否した。見てはいけないと言われると、よけいに見たくなるのが人間の心理である。それに、妻はもとは遊女だっただけに、多くの男と関係があった。その点はわかったうえで妻に迎えたのだし、いったん妻にした以上、遊女時代のことに触れてはならないのは重々わかっているのだが、それにしても、不審がつのる。夫はその後、手を変え品を変え、箪笥の中身をたずねたが、妻は頑として言わない。疑惑は深まるいっぽうだった。

ついに、夫もことばを荒らげた。怒りにまかせ、間男がいるのではないかとまで問い詰めた。妻はうつむいてしばらく黙っていたが、ややあって、口を開いた。
「箪笥のなかをお見せしては、おまえさんのお心を乱してしまうことになると思い、深く秘めておりました。しかし、あたしが密通をしているとまで疑われては、いたしかたございません。お見せいたしましょう」
錠をあけ、箪笥の引出を引き出した。なんと、なかにはいっていたのは、袈裟や鉢などの仏具だった。夫は驚き、あきれた。
「いったい、これはどういうことなのかね」
「はい、いまは包み隠さず、お話いたします。じつは、苦界に勤めに出た当初から、あたしには深く馴染んだ男がございました。浮き河竹のはかない身とは申しながら、将来は夫婦と固く誓い合い、あたしは年季が明けるその日だけを楽しみに、つらい勤めに耐えておりましたが、その男はふとしたことから、若くして死んでしまいました。その日以来、あたしは出家をこころざしたのでございますが、妓楼に抱えられている身ではそれもままなりません。女郎のつねとして、お客の前では笑みと媚をふりまき、閨房(けいぼう)の戯れをしておりましたが、心のなかでは出家を忘れたことは一日とてございませんでした。たまたま、おまえさんがあたしを見初め、大金を出して身請けし、妻としてくださいました。あたしのために大金を出してくださったことを思うと、とても出家のことなど申せません。それで、こうして隠しておりました」
語り終えるや、はらはらと涙をこぼした。

話を聞き、夫も心を動かされた。
「そうだったのか。さてさて、奇特な女じゃのう。そこまで心に思った男がいたとは知らなかった」
妻はさめざめと泣いている。夫は膝を打った。
「大金を投じて身請けしたとはいえ、ほとほとおまえの心底に感じ入った。また、いまの話を聞いた以上、自分の女房にすることはできない。俺もちょいとは名の知られた男だ。いさぎよく離縁するから、得度して尼となるがよい」
妻は、「ありがとうございます」と喜びながらも、「申し訳ございません」と涙にむせぶ。
「よし、これから菩提寺の僧侶を招くので、早々に剃髪するがよい」
「いえ、菩提寺の和尚さんに来ていただくなど、もったいのうございます。出家するからは、三界に家なし。きょうより、托鉢をして露命をつなぎたいと存じております」
そう言うや、妻は墨染めの衣をまとい、いずこともなく旅立った。

この出家は話題となり、かつて将来を誓った男に誠をつくした女はもちろんのこと、その心情を感じて離縁してやった男のことも、ほめそやさぬ人はなかった。ところが、しばらくして、田所町からさほど遠くない場所で、女が髪結の男と所帯を持っていることがわかった。吉原のころの恋人だった男と示し合わせ、一芝居打ったのだった。大金を投じて身請けした夫にしてみれば、まんまと一杯喰わされたことになろう。

『閑度雑談』に拠ったが、同書には嘉永元年(1848)の序文がある。ということは、上述の話の享保年間とは、およそ百二十年のへだたりがある。実話というより、男性諸氏を戒める一種の教訓譚と考えたほうがよかろう。
「遊女の甘いことばや、もっともらしい涙を信じて、迷ってはならないぞ」
というわけであろうか。

江戸時代、俗に「傾城(けいせい)に誠なし」と言われた。傾城とは遊女のこと。遊女の言葉を信じてはならないという訓戒である。「女郎の誠と玉子の四角、あれば晦日(みそか)に月が出る」とも唄われた。もし遊女の真実と四角い卵があれば、月末に月が出るというわけだ。太陰暦を用いていた当時、月末は必ず闇夜だった。こう書くと、遊女は悪そのもののようであるが、そもそも遊女、つまり娼婦という存在を作り出したのは男の需要である。また、遊女をもてあそび、だます男がいたのも事実である。つまり、男と女、どちらが悪いのかは一概には言えない。いわば人間の永遠のテーマであろう。