昨年12月1日、全国33か所の「山・鉾・屋台行事」がユネスコ無形文化遺産に登録された。その多くの祭を彩るのが山車である。地方独自の発展を遂げた山車は、華やかなものから力強いものなど様々。なかでもからくり人形が施された「山車からくり」のほとんどが、愛知県と岐阜県に残され、中部地方は山車からくりの宝庫とも呼ばれている。
 

室町時代から続く
からくり人形

 からくり人形の歴史は古く、室町時代には神社などを参拝する人たちを楽しませようと、簡単な仕組みの人形が誕生したと言われている。その後、安土桃山時代には公家や大名などが座敷人形を楽しむようになり、高級な玩具として重用され、技術が進歩し、お茶を運ぶ「茶運人形」などが生まれた。

 一般大衆に広まったのは、江戸時代初期の1662年、大阪で旗揚げされた「武田からくり芝居」がきっかけだった。体内にからくり仕掛けを施した人形が、囃子に合わせて演じる芝居は、庶民に大いに受け、全国へと広まっていった。

 大阪や京、江戸では、芝居を演じる人形に注目が集まり、文楽や浄瑠璃などへと発展したからくり人形だが、中部地方ではその仕掛け技術への関心が高く、山車に動く人形を乗せる「山車からくり」に発展したと言われている。

 

 Kさんが最初に訪れたのは愛知県犬山市の犬山市文化史料館の別館「からくり展示館」。すべてが山車からくりという祭、犬山祭保存会事務局長・溝口正成さんの案内で、からくり人形の材料、設計図、そしてからくり人形を体験した。

からくり人形は、座敷からくりと呼ばれる小型の自動人形と、芝居などで糸を使い操る人形の2種類がある。

 

K 衣装を着ていないので、人形の仕組みがよくわかりますね。
溝口 これは文楽の有名な出し物でもある三番曳人形です。扇を持ち、鈴を鳴らします。動くからくりとしては、一番単純な仕組みです。頭、手、足に糸が7、8本のシンプルな作りです。
K こちらは、茶運び人形ですね。そもそも、茶運び人形はなぜ作られたのですか?
溝口 おもてなしのためです。招待したお客さんにお茶を振舞うときに、人形を使ったのです。
K お客さんにとっては驚きですね!
溝口 遊び心、玩具なんです。当時の最先端技術が娯楽、一般庶民の生活に活かされているというのは、非常に日本独特の感性だと思います。外国では最先端技術は軍事に利用されることが多いけれど、日本はそれを遊びという平和的に利用されてきた歴史があるんです。
K おもてなしに遊び心があるのは、とてもクリエイティブなことですね。

Kさんは溝口さんの助けを借りて、舞台装置のからくり人形の操作を体験。

溝口 18本の糸を引くことで、人形を動かします。引くと動き、緩めると元に戻る。足を動かしますね。同時に滑車で人形を滑らせれば、歩いているように見える。お囃子に合わせて、舞台上の位置を変えれば、人形が踊っているように見せられる。

 

K なるほど。違う糸を引けば他が動くんですね。
溝口 そうです。手首を動かせば、鈴を鳴らせますし、扇を開くこともできるので、舞を舞わせられるんです。でも、この人形の最大のからくりはお顔にあるんです。この2本の糸を引くと……。
K おっ、顔が変わった。
溝口 胸の中に隠されたお面をつけることができるんですよ。 
K ロボットの原型を見ているようです。
溝口 モノが動くことの原型ですね。人間ほど複雑ではないけれど、人形には関節が作られていて、手首だけでなく、膝なども糸で操っているんです。
 

 

K 西洋のからくり人形というと、上から操るイメージがあるんですが。
溝口 パペットですね。でも、スイスには西洋からくり(オートマタ)という高度な仕掛けのからくり人形の歴史が、何百年も前からあります。ぜんまいを使った自動人形です。スイスも時計作りなど、精密機械産業が盛んな国ですが、その元祖と言われています。
K からくり人形の技術の発展が、今の経済やモノづくりを支え、現代のロボットなどへと繋がっているんですね。
溝口 この中部地方のモノづくりのルーツのひとつが、からくり人形だとおっしゃる研究者の方もいます。たとえば、トヨタ自動車を作った豊田佐吉さんは、からくりの技術をよく研究されていたそうです。弓曳童子(弓を引き、的にあてる自動人形)を幕末に作った田中久重さんは、東芝の創始者ですよ。
K そうなんですか。からくり人形が、エンジニアを育て、日本を支え、引っ張ってきたんですね。