<第74回>

4月×日

【串カツ ルール】

 

さあ、串カツを食べるぞ。心の中で両頬を叩く。大阪は天王寺を、僕は歩いていた。

大阪に来るたび、僕はとある決意を燃やす。

「今回こそは、大阪名物を食べるんだ」。

タコ焼き、イカ焼き、お好み焼きにてっちり鍋。焼き肉、ハリハリ鍋、肉うどん、果てはミックスジュースまで。大阪にはありとあらゆる名物料理が存在している。そのうち「ガムも大阪名物だし、ビーフストロガノフも大阪名物。あと、お湯も大阪名物」と言い出すのではないかという勢いで、大阪は名物に溢れている。

で、そんな名物を味わおうと毎回意気込んで大阪に乗り込むのだが、なぜかスムーズにいかない。

上手く言えないのだが、変な羞恥心と恐怖心が邪魔をするのである。

「見ろ!標準語の人間が、路上でタコ焼きを食べてるで!」

「あ!タコ焼きを食べたあとは、お好み焼きの店に入ったで!」

「焼きのオンパレードやで!」

「わかった!あいつ、大阪を満喫する気やで!」

地元の人にそんな後ろ指を指されるのではないかと、ビクビクしてしまうのだ。あと関西弁のセリフ回しの下手さについては、自分の中に三木道三しか参考文献がなかったので、許してほしい。

そんなもの、気軽に食べればいいだけの話なのだが、妙に力が入ってしまう。力が入りすぎて、最後は送りバントをしてしまう。「まあタコ焼きは次回にしますか…」などと誰も聞いてない独り言を漏らして、結局は大阪と全然関係ないものを食べている自分がいる。

今回の一泊二日の大阪滞在においても僕が食べたのは、牛丼、明太子パスタ、それに牛タン定食であった。大阪らしいものはひとつも食べてないばかりか、仙台名物まで食べてしまっている。ひどい有様だ。

しかし、いつまでも大阪名物から逃げてもいられない。そろそろ決着を付けるべきだ。帰りの時刻が迫っている中、僕は大阪の天王寺へと向かった。目指すは、串カツ屋である。

大阪名物の中でも、いま人気が高まっている串カツ。

天王寺周辺ではいくつもの串カツ屋が密集している。

串カツ屋には独特のルールが存在しているということは、なんとなく聞いて知っていた。あえて作法を必要とされるものを食べることで、この大阪名物コンプレックスを解消する。これは、荒治療である。

手元のiPhoneで「串カツ ルール」を検索する。

●ソースの二度づけは禁止。

●ソースを二度づけした場合、強制退場させられる店もある。

●多くの店で最初に生キャベツが出されるが、これは必ず手でソースをつけること。

●塩をふって食べる串カツもあるので注意。

●塩をふる場合は、トレイの上ではなく、必ず皿に移してからふること。

●独自のLINEスタンプを発売している店もあるよ。ダウンロードしてみてね。

 

ルールのがんじがらめである。最後のはルールでもなんでもない気もするが、とにかくがんじがらめである。

小学生の頃、ポートボールのルールすら覚えられなかった自分だ。こんな串カツの複雑なルール、覚えられるはずがない。二度づけどころか、十八度づけする危険性だってある。二度づけで強制退場なのだから、十八度づけは絞首刑だろうか。背筋を凍らせながら、天王寺を歩く。

どの串カツ屋も客でにぎわっており、店員は忙しく店内を働きまわっている。少し、安心した。これだけ客に溢れていれば、僕が多少のルールミスを犯したところで、気に留める店員もいないだろう。

どの店に入ろうか。ぱっと目についた店の暖簾をえいやっ、とくぐる。

入った瞬間、後悔した。客が、ひとりもいない。

店員は、カウンターの中に、五人もいる。

しかし、もう後戻りはできない。おそるおそるカウンター席に座り、適当に三串ほど注文する。店員五人:僕一人という、敗戦ムードの濃いフォーメーションに、絶望的な気持ちになる。

しばらくして、衣をまとった串カツが目の前から差し出された。震えながらそれを手に取り、ソースにつけようとしたその時、視線を感じた。ハッと顔を上げる。

カウンター越しに、五人の店員がじっとこちらを見ていた。

「二度ヅケヲ、スルナ」

「二度ヅケヲシタラ、生キテハ帰レヌゾ」

「ワレワレモカツテ、客ダッタ。ニドヅケヲシタカラ、コノ店カラ出レナクナッタ」

二度づけをじっと監視する店員の目から、勝手にそんなメッセージを受け取った。生きた心地が、しなかった。

こうして僕はその店で、五人の店員から無言でずっと見つめられながら、串カツを食べた。なんの苦行なのかと思った。味など、しなかった。

なんとか店から生還した僕は、小走りに大阪をあとにした。大阪名物に対するコンプレックスは解消されるどころか、深まっただけだった。

 

 

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