正田 なるほどね。僕は最初に言ったようにいろいろ考えるところはありましたけど、実際一緒にやってみないとわからないとは思っていたんで。でも、思い返してみればそうさんの性格とかがぜんぜん分かっていなかった最初のほうは「ふざけてるのかな」って思ったこともあったかな(笑)。というより、「大丈夫かな?」と思ったことがあった。

そうすけ どんな?

正田 覚えているのは、僕がグラウンド内で投内連携の練習をしていて、そうさんがグラウンド横でノックを受けていたときですかね。ノックをしているそうさんがやたら騒がしくて。「よっしゃー」とか「うわーエラーしちゃったよ」とか言っていたと思うんですけど、なんか言葉が軽く感じたんですよね。はたから見ていて「これ監督に怒られないかな、大丈夫かな?」って思いましたね。その後、長い時間一緒に過ごすことでそれがキャラクターなんだってことが分かったんですけど。でもそういうのも少しずつ減っていきましたよね?

そうすけ 最初はどんなテンションで入っていっていいか分からなかったから、そういうことがあったかも。つい場を盛り上げようとしちゃうし。試合もベンチでずっと騒いでたから、良かれと思ってやってはいたけど、大丈夫だったかな……。

正田 僕はあまりベンチにいることがないんでちょっとそこは分からないんですけど。しょうがないところもあると思うんですよ。キャラクター的な部分や、初めての世界だったわけですから。実際、結果を出したわけですし、さっき言ったみたいに練習は本当にちゃんと取り組んでいたから、僕の中ではすぐに解消されましたからね。

そうすけ そう思ってくれてるといいけどなあ。

正田 僕がそうさんのことでよく覚えてるのは、ヤンさん(陽建福)のことかな。台湾からヤンさんが入団することになって初めて来た日。みんなからすればだいぶ年上で、まあそうさんからみたら年下ですけど(笑)、実績がある人。しかも日本語が話せず通訳もいないから、誰も話しかけることができなかったんですよね。ぽつんとしているところに、そうさんが話し掛けに行った。あれって本当にうれしいんですよ。僕、メジャーに挑戦したとき、言葉が分からないから誰も話かけてくれなくて、そういうストレスはすごかった。話しかけてくれるのって本当にうれしいんです。あれを見て「ああ、すごいなあ」って思った。優しいんでしょうね。

そうすけ 見ていてくれたんだ。あのときのことはすごく覚えていて。ヤンちゃんがひとりで横断幕をフェンスに貼り付けていて寂しそうだったから、全然言葉は分からないんだけど、自分を指差して「そうすけ、そうすけ」って自己紹介をしていた(笑)。

正田 うれしかったと思いますよ、ヤンさん。その後、キャッチボールとかずっとしていましたもんね。

そうすけ ヤンちゃんの存在は大きかった。よくアドバイスをしてくれていたんだけど、年齢が近いこともあってすごく役に立った。体の使い方とかは特にね。一生懸命、身振り手振りで教えてくれるの。ありがたかったなあ。

正田 ああいうところがそうさんのいい所だと思いますね。
『最速123キロ、僕は40歳でプロ野球選手に挑戦した』より前半部分抜粋)