日本の錚々たる批評家をタジタジさせた過去

 アメリカを代表するリベラルな知識人で、2007年に亡くなったスーザン・ソンタグのインタビュー集『スーザン・ソンタグの「ローリング・ストーン」インタヴュー』を紹介しよう。美しい装丁の本の表紙に、リラックスした表情のソンタグが載っているのをみると、手に取らずにはいられない。が、書評となると今さらながら躊躇(ちゅうちょ) してしまう。それは、彼女が来日するたびに、日本の錚々(そうそう) たる批評家たちをタジタジとさせていたからだ。
 しかし、この本は今までのソンタグ本とは少し様子が違うようだ。まず、その語り口が、著者と親しかった訳者の木幡和枝の名訳もあって、実に読みやすく、普段着のソンタグを彷彿とさせるからだ。毎日1冊本を読んでいたというソンタグは、「読書は私の娯楽、気晴らし、慰め、小さな自殺。世界が耐えがたくなると、本を抱いて縮こまるの。すると、宇宙船に乗ったみたいにあらゆることから離れられる」と言っている。今までの彼女のイメージらしからぬ、かわいい言葉ではないだろうか。

 おそらく私も含めて日本人は、アメリカのすごい知識人というだけで、最初から少し偏見を持っているに違いない。ソンタグは「もし相手に興味が湧いたら、友人、愛人、仲間、親友、どんな立場になるにせよ、望むのはこういうことだわ。相手がオロオロしない、素の私、生き物としての、沈黙している私に出会ってほしいと思う」と言っている。まるで、遠慮しないで私の言うことをふつうに聞いて、と言われているようだ。

 ソンタグの日本での最初の紹介は、『反解釈』からだろう。そこには「現代はまさしくそういう時代、解釈の試みが主として反動的、抑圧的に作用する時代である」(高橋康也訳)といった、強面の思想が出てくる。が、一方で、この本には「ラドン」のような怪獣映画が、彼女の言うキャンプ( 今で言うならB級?)という新感覚の事例として出てくる。今でこそ『反解釈』の思想は当たり前になったけれど、インタヴューといっしょに読み返してみると、彼女が本当に言いたかったことが見えてくる気がするのだ。

 ベトナムやサラエボで苦しんでいる人たちに、現地に出かけて寄り添ってきた、勇気あるソンタグ。社会的抑圧にも抵抗してきた彼女の肉声に触れられる、好著である。

ジョナサン・コット(著)、 木幡和枝(訳)
『スーザン・ソンタグの「ローリング・ストーン」インタヴュー』河出書房新社
スーザン・ソンタグ(著)、 高橋康也 ほか(訳) 『反解釈』ちくま学芸文庫