鞍馬山での修行、弁慶との決闘など、伝説に彩られた源氏の若きスターの、誕生から初陣までの前半生に迫る連載!

奥州へ至る道のりは出会いと
騒動の伝説が目白押し!

壇ノ浦・源義経像

 義経は兄頼朝が挙兵するとこれに参じるが、それ以前は奥州藤原秀衡のもとにあった。ではなぜ奥州にいたのか。『義経記』『平治物語』をはじめとする説話では、金売吉次が架け橋となったと説明する。しかし実際は、義経の母の常盤の夫藤原長成にかかわる人脈からというのが本当らしい。長成の従弟に藤原忠隆という人物がおり、その子基成は、陸奥守として赴任したまま留まり、娘を奥州藤原秀衡に嫁がせ、4代泰衡を生んでいる。
 また、基成の弟信頼は、義経の父義朝と組んで平治の乱を起こした張本人であり、もともと源家とは浅からぬ因縁を持っていた。この長成―基成の関係により、牛若の奥州下向が実現したと考えられている。

 ただし、だからといって金売吉次の実在が否定されたり、歴史的価値が下がるわけではない。むしろ史実とフィクションとを区別することによって、その人物に託された様々な思いや、歴史的背景が浮かび上がってくるはずである。
 説話類で義経を奥州に導くのは、金売吉次、あるいは坂東武者の陵重頼である。吉次は鞍馬寺に帰依しており、参詣に赴いた際、遮那王に出会い奥州藤原氏の許へ連れて行く約束をする。遮那王、16歳の春とされる。いくら武士として世に出ることを決意し、その準備をしてきたといっても、住み慣れた土地を離れ、未知の世界へ船出するとなるとやはり心細い。涙ながら宿坊で小一時間、横笛を吹きその音色を形見とした。
 それから奥州へ至る道のりは、ロールプレイングゲームのように様々な出会いと騒動がところ狭しと押し込まれている。
 

第6回は、3月2日(木)に更新予定です。