知る人ぞ知る酒飲み御用達雑誌『酒とつまみ』(不定期刊・酒とつまみ)。そのどうでもいいようなおバカ企画は、巷の酒飲みに大絶賛されてきた。かつて一世を風靡した、「酒場盗み聞き」コーナーをアーカイブしてお贈りしたい。

 沈黙の臓器・肝臓と一緒に沈黙を保ちつつ、耳をダンボにしてヨッパライの言葉を拾い続けて早ン年。盗み聞き記者がまたまた酒場盗み聞きを敢行した。とある平日、場所は新宿駅東口からちょっと歩くと数多あるバーの中のひとつ。バーといっても、別に気取りもない庶民的なバーで遭遇した還暦おやじの言動ははたして!?

<DETA>
場所:JR新宿駅東口からちょっと歩いた先のバー。
時刻:午後10時45分~
ターゲット:カウンターにひとりで座っていた男性。話の内容から察するに、どこかで飲んできた後、この店に初めて入った模様。今年還暦になったらしい。

――店内は7人掛けのカウンターのみ。客は左端でハイボールを啜る記者を含め3人。中央やや右寄りに60歳前後の男性が陣取り、右端の30代後半と思しき女性の気を引こうとしているところ。ウイスキーのロック片手に酩酊中の彼にとっては、どうやら記者の存在はないに等しいようで。

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男 ……で、で、で? あなたのお名前、なんてえの?

(古ッ! トニー谷かよ!)

女 さっき言いましたよう。

男 え? そうだっけ? じゃ、じゃ、もう1回だけ。

女 マナですよ、マナ。

男 あっ、そうだった。マナちゃんだ、マナちゃん。

女 もう「ちゃん」付けされる歳じゃないんですけどね。アラフォーだし。

男 あら、ふぉーなの? なんつって。カカカカ。

(ベタベタですね)

女 はあ。

男 じゃ俺は? 俺はいくつに見える、いくつに?

女 う~ん、いくつかなあ?

男 わっかんないの~? しょうがないなあ。49だよ49。

女 お、お若いんですね……。

(う~ん、同感)

男 オラァ、49年生まれよ。

女 あっ、西暦?

男 えっ、性癖? マナちゃんって積極的だなあ。俺はねえ、コスプレ好きでさ……。

(聞いてないよ!)

女 いや、そうじゃなくて。……ってことは今年で還暦?

男 そう、秀樹カンレキ! なんつって。クククク。

(ベタベタ好きなのね)

女 へえ~、秀樹さんってお名前なんですね。

(あらら、伝わってないよ)

男 も~、秀樹じゃないよ~。新御三家じゃ、昔から郷ひろみに似てるって評判でさ~。

(あっ、こっちはこっちで伝わってないし)

女 郷ひろみ、ですか……。

男 (モノマネで)ゴー、ヒロミです! 似てない?

女 はははは……。

(笑いの乾き度100%!)

男 そうだ! 還暦の赤いチャンチャンコじゃないけど、赤ワインでもごちそうしちゃおっかなあ、モモちゃんに。

女 い、いえ、この1杯を飲んだらもう帰りますから。

(ハイ、拒絶反応スタート)

男 遠慮しないでいいって。ね? モモちゃん、ね?

女 あの……、モモじゃなくてマナですから。

男 俺、今なんて言った?

女 モモちゃんって。

男 ウッソ~? そんなこと言わないよ~。

女 言いましたってば。

男 ま、いいや、細かいことはね。ヘイ、ミスター!

(「マスター」でしょ。長嶋さん呼んでどうすんだよ)

マスター ハイ。

男 モモちゃんにね、赤ワインを飲ませてあげて。

女 モモちゃんじゃないですから! ワインも結構です!

(拒絶反応全開です!)

男 赤ワイン飲んだらさ~、ふたりでどっか行こうよう。歌舞伎町のほうとか。いひひひ。そうしよう、ね? ね?

(これまたベタな誘いだね)

女 行きません!

男 え~、行こうよう。

女 (残りの酒をグイッと飲んで)マスター、お勘定!

マスター あっ、ハイ! え、えーと1400円です。

(ああ、還暦ナンパ大失敗の巻。悲劇カンレキってか!)

――客ふたりのまま、45分経過。男はカウンターに突っ伏したかと思えば突然起き上がったりと、完全に泥酔状態。

 

 

男 ……ミスターさあ、で、で、聞いてる、ミスター?

(まだ長嶋さん呼んでるよ)

マスター 聞いてますよ。

男 そうだミスター、あなたのお名前、なんてえの?

(またトニー谷かよ!)

マスター アラカキです。

男 ん? 名字なんて聞いてねえよ。名前だって!

マスター ああ、サトルです。

男 じゃあ、サトちゃんって呼んでいい?

(薬局の象じゃないんだから)

マスター ……はあ、どうぞ。

男 で、で、でさあ、モモちゃんって可愛いよなあ。

マスター あの、先ほどの方はマナさんじゃないですか?

男 何言ってんの、ミスター。

(やっぱり「ミスター」のほうが好きなのね)

マスター いや、さっきマナちゃんって……。

男 マナちゃんて誰よ? モモちゃんだよ~。俺がさっきまで飲んでたスナックのホステスのモモちゃん。

(なるほど。マナちゃん忘れられてるよ。怒り損ですな)

マスター ああ、それで……。

男 え? 何かしたの、俺。

マスター いえいえ。

男 で、で? どうでもいいんだけどさあ、この店、なんで女の子の店員いないの?

マスター 小さなバーなんで、僕ひとりでやってまして。

男 女の子入れなって~。俺は可愛い年増がいいな~。

(女の子というにはちょっと)

マスター いやあ、お金がないですからねえ。

男 ダメだって! 年増ばっかり集めてさ、これがホントの年増園。なんつって。

マスター はあ。

男 あっ、でもそれだと浮気になっちゃうよなあ。モモちゃん、ごめんちゃい。

マスター そうですよ。

男 モモちゃんはさ、若いんだよ。モモだけに、ピーチピチなんだよ~。なんつって。

(ハイハイ)

マスター おいくつですか?

男 俺よりなんと20コ下だよ、20コ! ピーチピチだよ。

(えーと、少なくてもピチピチではないのでは)

マスター そうですか……。

男 モモちゃ~ん! ああ、モモちゃんとヤリてえー!

(アンタ、いくつだよ!)

マスター はははは……。

(あっ、ここにも笑いの乾き度100%の人がひとり)

男 で、で、モモちゃんはさあ……………………………。

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 草食系男子とはまさに対極の肉食系男子、いや、肉食系おやじ。還暦を迎えてもなおお盛んなその勢いに辟易しつつも完璧にノックアウトされてしまった記者。見習うべきか、反面教師にするべきか。これからの高齢化社会、草食系男子と還暦おやじの狭間で立ちつくす不惑の記者は、どうしたもんかと新宿の夜空を見上げるのだった。

■12号掲載(2009年9月20日発行より)