東日本大震災での原発事故をきっかけに反原発運動に参加するもその運動に疑問を持ち、運動から離れた。そのときの体験をもとに、活動や情報発信を行っている千葉麗子。
日本のために何が出来るのか模索した結果、現在辿りついた“愛国”とは何なのか?
子供のために、将来のために日本に今必要な事を訴える!『ママは愛国』集中連載シリーズ“教育勅語”!

江戸や明治の教育が上手くいったわけ

 明治の教育もいい加減、江戸はもっといい加減だったそうなのです。江戸時代は食い詰めた浪人が寺子屋とかをやってたわけですし、明治時代もバイト代わりに小学校の代用教員をやっていたところがあったので、そんなに大したことをやっていないのだそうです。
 それでも、江戸や明治の初等教育が上手くいったのは、教えることの根本がおかしくなかったからではないでしょうか。
 言ってしまえば、教育勅語は建前です。言われて全部できる人がどれだけいたのか。でも、建前が建前として成立していた。これが昔と今の違いではないでしょうか。

 今は「悪いことは悪い」ということを教育するのがとても難しくなっています。モンスターペアレントという言い方をしますが、一時期の行き過ぎが逆に跳ね返って、要らないところに気を遣い過ぎるようになってしまっているからです。
 例えば、体罰がそうですね。
 私が中学生の時、田んぼで干上がって苦しそうにしていたオタマジャクシを助けていて遅刻したことがあったのですが、教室にも入れてもらえず廊下に正座をさせられたことがありました。今では正座をさせること自体が体罰になって、先生の判断が正しくても、正座をさせたことで先生が咎めを受けてしまいます。
 先生が叱るべき時に叱れないと何が起こるかというと、学級崩壊です。

撮影:靖國神社

 息子は学校の必修科目として柔道を選んでいるので、しょっちゅう柔道着を洗っていますが、日本の武道である剣道、柔道、合気道なども、義務感でそれっぽいことをやるだけでは意味がありません。
 手加減をする、ということがあります。
 強い人ほど自分の強さをわかっているから、冷静を保とうとするものです。やむを得ず手を出さなければならなくなった時に、どこまでならOKかを知っていないと、相手を怪我させてかえって問題をこじらせることもあります。

 「何があっても、男は女を殴っちゃダメ!」
 「小さい者、自分より弱い者に手を出してはいけない」
 こういうことは口で言うより、身体でわからせるほうがいいこともあるのです。
 手を出す側だけではなくて、出される側にとってもそうなのです。
 武力(腕力)を使わないということが、実際にはどういうことなのか。それがわかっていたら、やりたい放題、言いたい放題をするのではなくて、相手の我慢を想像して、折り合えるところ、着地点をわかり合えるはずなのです。

※『ママは愛国』より構成
 

「千葉麗子『とてもわかりやすい教育勅語』⑦」は明日2月26日(日)に配信します。