プロ5年目から味わった2年間のスランプ。そこで手にした“相手目線”の考え方。自身の生涯を振り返った新刊『壁』を発売する野村克也氏が、プロ野球人生でハマった落とし穴・そこで見つけた新しい武器について語った。

「野村、殴ったほうは忘れても、殴られたほうは忘れていないぞ」

 プロ4年目の1957年に打率3割2厘、ホームラン30本をマークし、ホームラン王のタイトルを獲得しましたが、5年目と6年目は成績がガクンと落ちてしまったんです。

 まさに1軍の壁にぶち当たり、スランプに陥った時期と言えますが、もちろん慢心したというわけではありません。むしろ調子を取り戻すために、それまで以上に熱心に練習し、素振りの数を増やしたほどですから。

 しかし、効果はまったく出ませんでした。実は、当時の私は、カーブが打てないという弱点を抱えていました。ストレートを待っているときにカーブが来ると、あっさりと空振りをしてしまう。

 パ・リーグの中でも三振の数が特に多い選手でしたが、それでも4年目に好成績を収められたのは、まだ相手チームのバッテリーが私をマークしていなかったからなんです。 

 ところが、タイトルを獲得したことによって研究され、弱点を突かれるようになった。そして成績が低迷した。

写真/高橋亘

 それを気づかせてくれたのが、チームの先輩から言われたひと言でした。

「野村、殴ったほうは忘れても、殴られたほうは忘れていないぞ」

 はたと目が覚めましてね。勝負の世界なんだから、やられたらやり返すという意識を持つのは当然のこと。

 私は自分のことばかり考えていて、相手が私をどう見ているかなんて、まったく頭になかったんですよね。

 では、どうやってやり返せばいいのか。そんなとき出会ったのが、メジャーリーグの偉大なバッター、テッド・ウィリアムズの著書『バッティングの科学』。

 そこに書かれていたこんな文章に私の眼は引き付けられました。

「ピッチャーは、キャッチャーとサインを交換したうえで投げる。だから、投球動作に入るときには球種が決まっている。ストレートかカーブか、投げるときには、必ずどこかに癖が出ているはずだ」

 これもまた、当時まったく頭にないことでした。

 そこで考えたんですよ。「カーブが打てないという弱点があるが、もしカーブが来ることを先にわかっていれば、打つことができるのではないか」と。

 もともと私は、ストレートを待ちながら変化球にも対応できるような器用な選手ではありませんでした。

 でも、不器用なら不器用なりのバッティングが必ずあるはずなんです。

 そこで私は、カーブを打つ練習と同時に、バッテリーの狙いやピッチャーの癖を読むことに没頭するようになりました。さらに、相手バッテリーによる私への配球のデータを集め、分析することを繰り返しました。

 バッテリーの狙い、ピッチャーの癖、自分に対する配球。バッターボックスの中でこれらを見抜き、どんな球が来るのかヤマを張る。

 こうしたバッティングの徹底によって、7年目についにスランプから脱出できたんですよね。

 以降、3割前後の打率をキープし、8年目から8年連続ホームラン王、12年目の1965年には戦後初の三冠王になりました。

 それは、自己中心の考え方から“相手目線”の考え方に切り替えられたことが、大きな要因と言えます。

明日の第十五回の質問は、「Q.15 キャッチャーとして一流になるために、どのような意識で試合に臨んでいたんですか?」です。