「これだからサッカーは……」とため息が漏れた

 

 サッカーファンの方なら誰もが興奮されたでしょう。
 バルセロナが歴史的な試合をやってのけました。ヨーロッパチャンピオンズリーグの決勝トーナメント1回戦パリSG戦で、第1戦の0-4というビハインドを第2戦の6-1というスコアでひっくり返しました。とりわけラスト数分から3つのゴールが生まれるという展開は奇跡と呼ぶしかないものでした。
 僕は結果を知ってから試合を見ました。結果を知ってから観てもこみ上げるものがありました。

「これだからサッカーは……」

 そんな言葉が口をつきました。
 諦めない大切さを誰もが教えられたと思います。サッカーには、この世には奇跡というものが存在する。それを僕たちは目撃しました。

 加えて、僕の中でヒントを得たことがありました。
 僕は結果を知って観ていたので、そこで何が起こったのかをよくみてみたいと思いながら見ていました。
 最後のドラマの数分間には、奇跡の居場所を生み出すヒントが隠されていました。僕の体験と照らし合わせながら奇跡が生まれるときの法則を考えてみました。

 最後の数分間。ロスタイムを加えても、長くて7~8分しか残されていない状況で、バルセロナが勝ち抜くにはあと3点が必要でした。
 ここでまず僕が思ったのは、「奇跡に予兆はない」ということでした。むしろ、予兆がない方が奇跡は起こりやすい気がします。

 この試合もその最後の時間に辿り着く頃には、もう試合の大勢は決まったようなムードでした。なんとなく奇跡が起こりそうな雰囲気の中でその時間に突入したのではなく、むしろその逆で、結果を知っていた僕も「結果を見間違えたかな」と何度も自分の目を疑うほど奇跡の予兆は何も感じませんでした。
 しかし、よくよく考えてみれば、僕が体験した、「奇跡的」と言いたくなるような試合も、予兆を全く感じない時にそれは起こっていました。

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