三つ子の魂百まで。幼少期の性格は、その後の人生の考え方まで影響することが。角栄の自伝『わたくしの少年時代』を読むと、ロッキード事件の有罪判決が本当だったのかと思えてくる。なんと角栄少年は「無実の罪」へ加担してしまったのであった。『角栄———凄みと弱さの実像』を上梓した、平野貞夫氏に話を聞いた。 

自伝から迫る角栄の真実

 平野氏と編集部は角栄関連書籍を整理しながらこの連載を進めている。さて、今回は自伝から、角栄の「真実」に迫る。

 角栄の自伝は、3つある。生まれから、初めて代議士になるまでを書いた『私の履歴書』(以下、『履歴書』と表記)、大蔵大臣時代の日記をまとめた『大臣日記』、そして少年少女向けに『履歴書』を焼き直した『自伝 わたくしの少年時代』(以下、『少年時代』と表記)である。『少年時代』は、1973(昭和48)年9月に講談社から刊行された。

『履歴書』は大人向けなので、女性体験の話なども盛り込まれていたが、『少年時代』は、特に「ウソ」と「真実」をめぐる「正義の話」が前半部を占めている。

 また、全体を通して「お金」にまつわる話が多い。

 まるで、1年後から起こる「金権」「ロッキード事件」の修羅場を「予言」するかのような内容なのである。そのなかで、小学校5年生の頃のエピソードである。

 師範学校出の金井満男先生を、角栄の「なにげない証言」で「無実の罪」を着せてしまったのである。

〈むらの駐在所のおまわりさんがわたくし(角栄)の家にやってきて、 
「ちょっときくが、金井先生が学校の運動用具室に生徒をいれたことがあるか。」ときいた。
「ある。」と、私は無造作に答えてしまった。(…中略…)
 ところが、つぎの日の朝、新聞を見ておどろいた。
 金井先生、生徒を監禁す
(…中略…)「こりゃうそだ!」(…中略…)「おれが先生にいいつけられてやたんだ、ほんとだ。」〉(田中角栄『わたくしの少年時代』講談社)

 金井先生は、この事件で転任。真実というものがなかなかわかってもらえない体験をすることになったのである。

 1974(昭和49)年の田中金脈問題、1976(昭和51)年のロッキード事件以前に描かれていることも特筆すべきところだ。というのは、田中角栄がより「素直」に描かれ、「本当は無罪なのではないか」と思わざるをえない読後感があるからだ。

 幼少期のこの「原罪的な苦しみ」が、首相まで務めた角栄を次々に襲うのである。

 政治家・角栄は、あの事件で、いったい有罪だったのだろうか…。

  • 角栄は無罪だった⁉

----田中角栄は結局、無罪だったんでしょうか?

平野氏「法手続き的には罪を問えませんなあ。嘱託尋問などについての詳細は、『田中角栄を葬ったのは誰だ』で書きましたが、ロッキード事件は、結局、権力の恣意、捏造ですよね。小沢一郎の『陸山会事件』もそうでしょう。だって証拠がないんだもの」

----いわゆる権力による「国策捜査」ですね?

平野氏「権力の犯罪と言っていいですね。本書でも書きましたが、田中角栄の『本当の敵』は誰だったのかを知れば、おのずと、ロッキード事件やその後の政界の犯罪。国策捜査と言われたもの輪郭が見えてくるのではないでしょうか」

----角栄にとっての本当の敵って、あの方ですよね?

平野氏「ハハハハ本書をお読みください(笑)」

ホワイトハウスで日米首脳会談をする角栄とニクソン。ともに、国家権力を司るエスタブリッシュメント層に挑戦し、また敗れた経歴でもかぶる(写真:1973年/パブリック・ドメイン)

●角さんの教訓5●

日本の国家権力は「無実」でも「有罪」にすることが「結果的」にできる。国民一人ひとりが「当事者」となって社会を強化する以外に、権力に対抗する術はない。しかし、権力は民主的に選挙で「作り直すことはできる」のだ。