全国6位の人口を抱える千葉県の奥深い歴史。「地名の由来」シリーズでおなじみ谷川彰英氏の最新刊、『千葉 地名の由来を歩く』から源頼朝伝説の地をたどる。

(7)亥鼻城・お茶の水  千葉市

▲亥鼻城址(千葉市)

 頼朝一行が現在の千葉市にある亥鼻城を通過したのは同じ治承4年(1180)の9月半ばであったと推測される。『吾妻鑑』の17日の条に、「17日、丙寅(ひのえとら)。(上総)広常が参るのを待たず、(頼朝は)下総国に向かわれた。千葉介常胤は、子息太郎胤正・次郎師常(相馬と号した)・三郎胤成(武石)・四郎胤信(大須賀)・五郎為胤道(国分)・六郎大夫胤頼(東)、嫡孫小太郎成胤等をともない、下総の国府に合流した」とある。ここにいう六人の息子たちを「千葉六党」というが、その詳細は第4節で述べているので、参照いただきたい。
 かなり急いで下総国府(市川市国府台)に向かっているので、常胤の居城である亥鼻城に寄らなかった可能性もあるが、しかし、何といっても頼朝の最大の支援者である千葉常胤の居城を素通りするというのも変である。

 亥鼻城の山の下に「お茶の水」の碑が建てられているが、そのお茶の水で、頼朝をもてなしたという伝承がある。

▲お茶の水(千葉市)
▲たどってみた、頼朝伝説由来の地名  

『千葉地名の由来を歩く』より構成