現役引退、そして9年間の評論家生活へ。そこで得た「武器」が1990年からの監督生活での大きな支えとなった。新刊『壁』を発売する野村克也氏が語った、“言葉力”と“客観的視点”の強さ。

「ここが俺の腕の見せどころだ。そこらへんの評論家に負けてたまるか!」

 3017試合出場、打率2割7分7厘(10472打数2901安打)、657本塁打、1988打点、首位打者1回、ホームラン王9回、打点王7回――。

 1980年のシーズン終了後、私はこのような通算成績を残し、26年に渡る選手生活にピリオドを打ちました。そして、第2の人生として野球評論家の道に進みました。

 ありがたいことに、引退直後から解説や評論、講演など、さまざまな依頼をいただくことができましたが、それは引退前からそのための準備をしていたことも大きかったと思いますね。

 もともと野球を取ったら何も残らないと自覚していた私は、「引退後も野球の世界で生きていきたい。そのためには野球評論家しかない」と考えていました。

 そこで、現役時代に、日本シリーズなどの解説や評論を頼まれると、「ここが俺の腕の見せどころだ。そこらへんの評論家に負けてたまるか!」と、常に気合いを入れて臨んでいました。

 そうした積み重ねによって、いつしか評判となり、引退後の評論家活動につながっていったんですよね。

 そして、9年間の評論家活動を通して、その後の長い監督人生で大いに役立ったものを2つ得ることができました。 

写真/高橋亘

 まず1つ目は“言葉力”です。

 評論家として野球の魅力や奥深さなどを伝える相手は、視聴者や読者といった一般の方々です。言うまでもなく野球の専門家ではないので、現役時代に監督やコーチ、選手の間で使っていた言葉がすべて通じるとは限りません。

 そのため、自分が伝えたい考えや感覚をより的確に、よりわかりやすく表現しなければいけないんですよね。

 最初は失敗することも多々ありましたが、それを糧にし、読書量を増やして興味を持った言葉の数々をメモしたり、場数をこなすことによって、次第に“言葉力”を高めていくことができました。

 そしてそれは、結果的に、これまで自分の感覚でしかなかったものを言語化することで、自分自身の野球観を深めることにもなったんですよね。

 2つ目は、野球に対する客観的な視点です。

 やはりユニフォームを着て見る野球と背広を着て見る野球は、欲という部分で全然違うんですよ。ユニフォームを着ていると、「勝ちたい、優勝したい」という気持ちがどうしても強いじゃないですか。そこで監督が判断を誤ることもある。欲から離れるということは大変なんですよ。

 ところが、現役を引退して欲から離れると、どちらのチームが勝っても関係ないですから、野球が本当によく見えるわけです。両チームの監督の思惑が理解できるようになる。当時は、「なんでプレーイング・マネージャーをやっているときに、こういうふうに見えなかったんだろう」とすごく感じましたね(笑)。

 こうして身につけた“言葉力”と野球に対する客観的な視点は、いわば私にとっての武器でした。それらをついに活かすことになったのが、1990年のヤクルトスワローズの監督就任だったんです。

明日の質問は「Q.19 ヤクルトスワローズの監督に就任したいきさつについて聞かせてください」です。