評論家としての経験があったからこそ、身につけられた“言葉力”。あの手この手で、選手たちに“言葉”を投げかけ、自分の頭で考えさせ、そして選手たちに実行させた。新刊『壁』を発売した野村克也氏は言った、「言葉で伝える以外に方法はなかった」。

「理解できる」言葉を駆使し、いかに心に訴えられるか

 私がヤクルトスワローズの監督に就任する以前、9年間の評論家活動で得た武器――。

 それは、自分が伝えたい考えや感覚をより的確に、よりわかりやすく表現する“言葉力”と、「勝ちたい、優勝したい」という欲から離れた、野球に対する客観的な視点でした。

 この2つのうち、特に“言葉力”は、自分の野球理論を「野村の考え」としてチームに浸透させるうえで大いに役立ちましたね。

 南海ホークスでのプレーイング・マネージャー時代は35歳から42歳までの間だったので、年齢的にもまだ若く、選手たちを納得させるほどの言葉をあまり持っていませんでした。

 その分、「俺の背中を見ろ」という意識で率先してプレーすることによって、私の考えを選手たちに伝えることを優先させていました。

写真/高橋亘

 さらに、支配下登録選手の中には、上から下まで、さまざまなレベルの選手がいます。そのレベルに合わせて、選手たちが理解できる言葉を駆使し、いかに彼らの心に訴えられるかということも求められます。

 そういう意味では、私はテスト生として南海ホークスに入団し、どん底の2軍時代を経て1軍のレギュラーに定着し、三冠王を獲るまで這い上がってきました。

 そうした経験から、それぞれのレベルや立場の選手の気持ちを理解できるということも、指導するうえで大きかったですね。

 たとえば、ピッチングについてあまり深く考えず、ただ漠然とプレーしているピッチャーが非常に多い。そんなとき、私はよく「ピッチャーというのは“フォーペア”の使い分けなんだぞ」と伝えていました。

 フォーペアとは、速さと遅さ、内角と外角、高めと低め、ストライクとボールという、4つのペアのことです。ピッチングの基本はストレートですが、同じストレートだけを投げていたら通用しないのは言うまでもありません。

 速いストレートを活かそうと思ったら、遅い変化球を覚えなければいけませんし、右バッターを外角で打ち取ろうと思ったら、内角を攻めるシュートを身につけておきたい。

 いわば変化球はピッチングの幅を広げるわけですが、私が「変化球を投げることにはそうした意味があるんだぞ」と言っても、「考えたことがありませんでした。言われてみればそうですね」と(笑)。

 そのうえで、ただ言うばかりではなく、まずは本人にやらせることが大事なんです。

 そうすると、そのうち自分に何が足りないかわかってくるんですよ。「ああ、なるほど、監督の言った通りだ」ってね。

 それがわかれば次の行動に移せるようにもなるわけです。

 このように、私なりの“言葉力”を使って「野村の考え」を一から浸透させていくことが、スワローズの監督としてのスタートでしたね。

明日の質問は「Q.21 『野村の考え』を教え込むなかで、選手たちに徹底させたかったことは?」です。