精神的支柱でありキャプテンである長谷部誠の離脱。サッカー日本代表にとって負けられない一戦を前にした不安材料のひとつとなることは確かだ。
 リーダーを育てる。
 サッカーのみならず日本において欠けている視点だ。サッカー日本代表元監督のイビチャ・オシム氏は「リーダー」の選定について独特の視点を持っていた。オシム氏の書籍『急いてはいけない』より紹介する。

リーダーの条件に年齢は存在しない

 私がジェフで阿部勇樹をキャプテンに指名したのは、決して偶然ではない。日本に赴任する前に、私と同じ言葉を話すミリノビッチからジェフの情報をいろいろ得た。そのとき彼がまず言ったのが、チームには若く才能に溢れまじめな選手がいる。彼はキャプテンに向いていると。その言葉が頭の中にあった。
 そして最初の練習で、阿部がとても真面目で、練習も試合のように取り組んでいることがよくわかった。自分にもチームメイトにも気を抜かない。彼がいいだろうとすぐに思った。
 というのもジェレズニチャルでも同じ経験があったからだ。バズダレビッチ(現ボスニア・ヘルツェゴビナ代表監督。ジェレズニチャル時代のオシムチルドレンの代表格。オシムとともに84~85シーズンはUEFAカップ準決勝に進み、後にフランスのソショーに移籍し9シーズンを過ごした。またオシム監督のもと、ユーゴスラビア代表でもキャプテンを務めたが、90年イタリアワールドカップは負傷により欠場)がキャプテンになったとき、彼はまだ18歳だった。

 ベテランは扱いが難しい。
 嫉妬を抱きやすく、誰かをキャプテンに選ぶとどうして自分ではないのかと思う。嫉妬という名の醜い争いだ。そういう争いごとを起こさないためにも……、ある日、すべてのベテラン選手を一堂に集めて、キャプテンに関しての争いはもう止めだと言った。若い選手がその任に就くからと。
 18歳だが、バズダレビッチはすでに周囲から敬意を払われていた。選手として優れていて、誰もが彼を信頼していた。彼も阿部と同じタイプ、同じスタイルだった。守備では戦闘能力が高く、技術もある。どんなときでも頼りになった。彼をキャプテンにしてはいけない理由は何もないと思った。もちろんそこから努力も必要だったが、彼はその努力を続け、クラブのキャプテンだけでなくユーゴスラビア代表のキャプテンにまでなった。

 その経験があったから、日本に来たときには阿部をキャプテンにというアイディアがすでに頭にあった。

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