延長15回へと誘ったホームスチール

 3月26日、甲子園球場では前代未聞の出来事が起きていた。第2試合の滋賀学園対福岡大大濠、第3試合の健大高崎対福井工大福井と2試合続けて、延長十五回引き分け再試合となったのだ。その是非はともかくとして、第3試合の健大高崎が一点ビハインドで迎えた9回裏の攻撃に度肝を抜かれた。
 健大高崎の攻撃はツーアウト2、3塁。バッターボックスには代打の安藤諭選手。福井工大福井からすれば、このバッターを打ち取れば勝利が手に入るというシーン。初球はボール、2球目は大きな空振り。「打つ気満々」のバッターが1ストライク1ボールで迎えた3球目……対する摺石達哉投手が大きめのリードを取ったセカンドランナーへ牽制を入れる。その瞬間、三塁ランナーはホームへ突っ込んだ。
 ホームスチール、同点。
 延長15回の激闘へ導く1点はこうして生まれた。
 健大高崎といえば「機動破壊」。その名の通り、機動力で高校野球界を席巻しているチームだ。ただし、このチーム、ただ足が速いだけの集団ではない。野球を知り尽くす頭脳があってこそ、その脚力が生きるのである。健大高崎が取り組む野球ノート。『野球ノートに書いた甲子園3』(高校野球ドットコム編集部・著)よりその秘密一部をご紹介する。
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甲子園に行けない。敗戦がもたらした走力

 健大高崎の走塁に注目が集まり始めたのは、2011年夏。群馬大会で、28盗塁の大会記録を打ち立てた。そして、チームは勢いそのままに、この大会で創部初の甲子園出場を果たした。
 さらに、開幕試合となった甲子園初戦、今治西と対戦すると、ツーランスクイズを成功させるなど、7対6で逆転勝ち。2回戦では横浜と対戦。ここでも、5点のビハインドの6回に一挙5点を挙げて同点に追いつき、延長戦へと持ち込んだ。最後は10回裏にサヨナラ負けを喫したが、初出場ながらの走塁を生かした堂々の戦いぶりに、健大高崎の名を一躍全国に知らしめた。
 翌春もまた選抜大会初出場を決め、見事4強入り。準決勝では、大阪桐蔭に1対3の接戦の末、敗退したが、健大高崎の強さは確かなものとなっていた。
 そんな健大高崎が、走塁力を高めるきっかとなったのは、2010年夏の群馬大会準決勝だ。硬式野球部が創部した2002年に就任した青栁博文監督は、この年の戦力に、初の甲子園を狙える手応えを感じていた。しかし、チームは群馬大会準決勝まで勝ち上がるも、前橋工に0対1で敗れれてしまう。

「このままチーム作りを続けても、全国優勝は難しい」と感じた青柳監督が思い至ったのが「走塁」だった。

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