正しく己を知ることをできていない選手は多い。監督の仕事は正しい言葉を使って、選手たちに“気づかせる”こと。新刊『壁』を発売した野村克也氏が、ヤクルト指揮官時代に川崎憲次郎にかけた言葉を振り返る。

自分が何をすべきか気づかせ、行動に移させる

 24年間の監督経験から言うと、監督は“気づかせ屋”になることが求められますね。「自分はどうあるべきか」ということを選手に気づかせてあげることが重要なんです。

 もちろん選手自身が自分で考え、自分で行動できるのに越したことはないでしょう。スランプに陥ったときでも、自分の力で乗り越えられる選手ならば、これほど頼もしいことはありません。あとはもう、その選手の成長に合わせて、適切なタイミングで適切な活躍の場を用意してあげればいいんですから。

 ただ、言うまでもなくすべての選手に当てはまるわけではない。能力がありながらも、その活かし方がわからなかったり、間違った方向に活かしている選手も多いわけです。

 つまり、「正しく己を知ること」ができていないんです。

 そんなときこそ、“気づかせ屋”としての監督の出番なんですよ。

「お前の能力が活きる道はこっちだぞ。プロの世界で生き残るためには、こういうことを心掛けないといけないぞ」

写真/高橋亘

 私は常々、選手に対してそんなふうに伝え、自分が何をすべきか気づかせ、行動に移させることを意識していました。

 これは、「正しく己を知ること」がまだできていない若い選手の育成だけではありません。「野村再生工場」とも呼ばれたように、プロ入り以来ほとんど活躍できないまま移籍してきた選手や、かつては活躍していたものの、その後低迷していた選手の再生についても同じことが言えますね。

 たとえば、ヤクルトスワローズの監督時代に指導した川崎憲次郎のケースがそうでした。

 1989年に入団した川崎は、翌年から先発投手陣の一人として活躍しましたが、ケガにも泣かされ、1996年には1勝もできなくなっていました。

 そんな彼のピッチングの幅を広げ、再生させるために、シュートを覚えるようにアドバイスしました。

 とはいっても、川崎は、「シュートは肘を痛める」という迷信からか、当初は躊躇していましたよ。 

 そんなとき、かつて読売ジャイアンツでシュートを駆使して活躍した西本聖に会う機会がありました。私は聞いてみたんですよ。本当にシュートを投げると、肘を壊す可能性が高まるのかと。

 すると、その返答は、「それは誤解です。シュートは肘ではなく、人差し指を使ってボールを曲げるんです」と、ひと言でした。

 そこで、「西本もこう話していたから大丈夫だ。変わることを怖れず、シュートのマスターに取り組んでみてはどうか」と伝えたところ、川崎も自分の再生のためにも必要だと考えてくれたんでしょうね。その結果シュートピッチャーとして復活し、1998年には17勝をマーク、最多勝と沢村賞を獲得しました。

 監督は“気づかせ屋”であるべきだと考えていますが、そのとき必要なのが“言葉力”。選手に気づかせるためにも、言葉をいかにうまく使い分けることができるか。

 監督のひと言が選手生命を左右する可能性があるだけに、監督自身も肝に銘じ、“言葉力”を磨いていくことが大切なんですよ。

明日の第二十九回の質問は「Q.29 自身の監督時代の経験から見て、現在の監督事情に思うところはありますか?」です。