上(半身)がだめなら下(半身)でやる 
下半身で動こうという気持ちだった

 その瞬間、支度部屋に詰めていた報道陣は感嘆の声を上げ、付け人たちは手を叩いて大歓喜。弟弟子の髙安は人目を憚らず、嗚咽した。こんな光景はまず見たことがない。稀勢の里の奇跡の逆転優勝を映し出すテレビの前で、涙した人も少なくなかったであろう。表彰式前の国歌斉唱で、館内の観客があれほど熱唱するのも異例中の異例。君が代を口ずさんでいた“主役”は感極まり、途中でこみ上げてくるものをこらえ切れなくなった。


 前々日、日馬富士に寄り倒された際に左肩付近を負傷し、強行出場した前日の鶴竜戦は全く相撲にならなかった。ケガを負うまでは全勝で優勝争いのトップを走っていただけに悔しさは察して余りある。追い求めていた横綱初優勝を果たすには千秋楽、大関照ノ富士との直接対決で本割、決定戦と連勝しなくてはならないが、多くのファンはおそらく、これ以上ケガを悪化させず、無事に土俵を務め上げてくれるだけで十分と思っていたはずだ。


「上(半身)がだめなら下(半身)でやる。下半身の出来はすごくよかった。だったら下で動こうという気持ち」


 本割の一番はケガをしていない右に動いたが立ち合い不成立。同じ手は使えないとばかりに2回目は左に飛んだ。難なくついてきた照ノ富士としばし押し合いとなったが、照ノ富士は右の前廻しを引くと一気に攻め立てた。得意の左を差せなかった稀勢の里は右に回り込みながら、突き落とし。執念で勝ちをもぎ取った。何とか決定戦に持ち込んだが続く一番、もろ手突きの立ち合いは相手を止めきれず、両脇が空いたため、もろ差しを許してしまった。たちまち土俵際に詰まる。絶体絶命の窮地に陥ったが、右に回り込みながら渾身の力を込めた右からの捨て身の小手投げが決まった。


「気持ちだけぶつけようと思っていきました。自分の力以上のものが最後は出た」


 苦しみ抜いて掴んだ賜盃は史上8人目、平成7年1月場所の貴乃花以来となる22年ぶりの新横綱優勝。日本中を感動の渦に巻き込んだ、稀勢の里2度目の優勝は長く後世に語り継がれることだろう。