JAZZ、落語、ゴールデン街への愛が爆発した面白小説! ナレーションを担当する猫の名はドルフィー!

好きなものを山盛り詰め込んだ痛快娯楽SF

 SF小説の棚にあったのでうっかり見過ごすところだったが、奥泉光の最新長編はAIが進化を遂げた未来世界が舞台の小説『ビビビ・ビ・バップ』だ。面白くて、一読すぐに物語の世界に引きずり込まれてしまった。

 この小説はいろいろな角度から読むことのできる、万華鏡のような本である。時は21世紀の終わり、女流ジャズピアニストのフォギーは、今まさに脳死寸前の会社社長山萩氏からヴァーチャル空間に来て、最期を送るピアノを弾いてほしいと依頼される。その依頼が発端となり、世界を揺るがす事件が巻き起こる。

 話はミステリーでもあるから詳細を書かないが、どうやら作者がこのシーンを書きたいがためにストーリーを持ってきたと思わざるをえない、ご都合主義ではあるけれど楽しい場面がたくさん出てくる。

 仮想現実の中で、新宿ゴールデン街の店に、寺山修司、伊丹十三、野坂昭如、唐十郎、中上健次、大島渚、たけし、タモリらが一堂に介して、大騒ぎする場面。マイルス、コルトレーン、スタン・ゲッツなど、そして誰よりも作者が大好きらしいエリック・ドルフィーが、(全員アンドロイドだけど)大集合して集団セッションを行うというジャズのドリーム・チームの場面。将棋の大山康晴15世名人や古今亭志ん生、立川談志も皆アンドロイドで登場して大暴れ。SFとしても、ミステリーとしても風俗小説としても読める。

 この小説の下敷きにはポーの『赤き死の仮面』が使ってあったりするが、冒頭、この話を語っているのは猫型のアンドロイドだと明かされる。つまり、この作品は『吾輩は猫である』をSFで蘇らせた小説でもあったのだ。「名前はまだない」のではなく、「ドルフィー」という名になっているのだけれど。

 奥泉光はかつて『「吾輩は猫である」殺人事件』を書いて、漱石の文体模写を試み、文学的にも成功を収めた。あの漢語の多い原作を忠実に真似て推理小説にするなど、並みの作家には到底できない芸当だろう。どれも面白くない作品は一つもない作者にして可能となった傑作だ。

 漱石の『猫』も奥泉光の『猫』もそうだが、『ビビビ・ビ・バップ』もすぐれた文明批評になっている。「地球規模で進む二極化の磁場のなかで、いまや貧富の差は眼がくらむほどである」し、「世界の多くの国々が多国籍超巨大企業傘下の一部門へ落ちた」世界になっていて、「人口減で東京の地下鉄路線は往時の半分」というのが、ありそうな話として出てくる。

 そして、『ビビビ・ビ・バップ』では、新宿ゴールデン街は21世紀末になっても残っていることになっている。すでに今でも崩れそうなのに、この後80年も残っているという設定なのは、この街への作者の愛情の現れだろう。同じくこの街を愛してやまない私としても、共感を覚えたことは言うまでもない。

奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』(講談社)
奥泉光 『「吾輩は猫である」殺人事件』(河出文庫)