多くの人々が暮らした住居事情を今に伝える

「山本」は地名や地形に由来したものが多い。山本が増えた理由を姓氏研究家の森岡浩さんは、『一個人』4月号の中で次のように分析する。
「近代以前の日本は平地を田園にして人々はその周辺の山に近い場所、とくに麓周辺に住むことが多く、ゆえに山本が全国的に増えたと考えられます」。

 公家にも山本氏がいたが少数派で、全体的に山本は各地で同時発生した地名・地形由来がもっとも多いという。
 もっとも繁栄した山本氏は、近江国浅井郡山本郷(現・滋賀県長浜市湖北町山本)を発祥地とする一族で、清和源氏義光流源義業の子である義定(よしさだ)が山本氏を称したことに始まる。また、義定の子に義経がおり、山本義経は木曽義仲に付き添い「宇治川の戦い」で消息を絶つ。しかし、この後も近江国系山本氏の子孫を称する武家は多数存在し、江戸幕臣には山本義経の子孫を称する家が27家もあった。

 山本姓で目立つ家紋は、「左三つ巴など、全国的に定番の紋が使用されています。この点からも、山本は日本のもっとも一般的な名字のひとつといえます」と、家紋研究会会長の高澤等さん。