<第75回>

4月×日

【キャメロンディアス】

 

南アジアを旅している。

ヤシの葉の隙間を流れた風が頬を心地よく撫で、地元の子どもたちの黒い肌の中で輝くサファイヤのような瞳に心は洗われ、いまにもこぼれ落ちそうな満点の星空に胸を震わす。無意味にGoogleのサイトを立ち上げてはネットサーフィンで日々を塗りつぶしている日本での自分の暮らしが、いかに愚かなものであるかまざまざと思い知らされた。

そんな南アジアの小さな町で、僕はなにをしていたのか。

ネットサーフィンをしまくっていた。

自分が宿泊しているゲストハウスの隣に、小さなレストランがある。そこでひとり昼食をとっていると、白人女性の客が入ってきた。白いタンクトップを清楚に着こなしている。「ああ、キレイな人だなあ」。そんなひねりのないことを思った。暑い国にいると、頭がシャキッとせず、なにを見てもひねりのない感想しか抱けない。いまだったらねぶた祭りを見ても「ああ、大きいのが光ってるなあ」としか思えないだろうし、小指をみても「ああ、薬指の隣にあるなあ」としか思えないだろう。暑い国は、人をダメにする。

ぬるい視線で、その白人女性の顔を眺め続けた。そして瞬間、頭が急激にシャキッとした。

キャメロンディアスだ!

キャメロンディアスだったのである。その白人女性は、キャメロンディアスだったのである。

キャメロンディアスが、席に座った!キャメロンディアスが、マンゴーラッシーを注文した!キャメロンディアスが、マンゴーラッシーが到着するまでの間を持て余して鼻をいじった!

僕の胸は騒いだ。なぜキャメロンディアスがこんな南アジアの片隅の田舎町に?

店内に客は僕とキャメロンディアスのみ。こんな機会、二度とないだろう。握手やサイン、記念撮影を求めて然るべしだし、もしかしたら「あら、可愛い坊や」的な展開がこの先に待っているかもしれず、下手したら明日の朝には「ハリウッドのスター女優と、日本のC級コラムニスト。意外とお似合いのカップルかも、ネ」とベッドの上で囁くキャメロンディアス、みたいなドラマが眠っている可能性だって否定できない。

いやいや、待て待て、自分。落ち着け、自分。

ビッグコミックオリジナルとビッグコミックスピリッツとビッグコミックスペリオールの区別がいまだにつかない自分じゃないか。ちょっとキレイな白人女性を見ただけでそれをキャメロンディアスだと判断するのは、ちょっと気が早すぎないか。

Wi-Fi環境の整っているゲストハウスへと戻り、すぐさまiPadで「キャメロンディアス」で検索した。

検索の結果、キャメロンディアスは現在42歳であり、既婚であり、アメリカ生まれであることがわかった。さらにネットサーフィンを続けると、2005年より「世界の辺境を巡る」というTV番組の出演をしていることも判明した。

これだ。やはり彼女は、キャメロンディアスであったのだ。番組の一環でこの地を訪れたに違いない。

そして僕は夕方から、じっとそのレストランでキャメロンディアスの再登場を待った。日暮らしが鳴き止み、フルーツコウモリが闇夜を飛び交う時間に差し掛かった頃、キャメロンディアスはまたしても僕の眼前に現れた。

意を決して、キャメロンディアスのそばに近寄った。

僕「こんばんは」

キャメロン「…こんばんは」

僕「ごきげんいかが?」

キャメロン「…まあ、良いわよ」

僕「ところでどこから来たの?」

キャメロン「ロシアよ」

あれ?

僕「ふーん。僕は日本から。ところでお歳はいくつ?」

おそらくキャメロン「25よ」

あれれ?

僕「そうなんだ。僕は31歳。気持ち的にはずっと11歳だけど」

たぶんキャメロン「…あ、そう」

僕「話は変わるけど、キャメロンディアスさんですよね」

暫定的にキャメロン「ちがいます」

キャメロンディアスは、否定した。もしかしたら、お忍びでここを訪れているから、正体がバレるのは困るのかもしれない。あと、話しながら改めてじっと彼女の顔を見ているうちに、キャメロンディアスはこんなに目が細くなかったし、もっと大きな口をしていることに気がついたが、さすがハリウッド女優は正体を隠すために表情筋肉を自由自在に変化させることができるのかもしれない。

そして僕は、キャメロンディアスに強引に握手してもらった。こんなに「念のため」という想いで人と握手したのは初めてだった。キャメロンディアスはとても気味悪そうに僕を見ていた。

ゲストハウスに戻って、またダラダラとネットサーフィンをしながらキャメロンディアスの画像を漁った。見れば見るほど、ネットの中のキャメロンディアスと今日会ったキャメロンディアスは、全然違う人だった。

僕は基本的にこんな感じで旅をしている。

 

 

*本連載は、隔週水曜日に更新予定です。お楽しみに!

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