エマニエル夫人から、増村保造『盲獣』……。本書で触れられている映画が無性に観たくなる!

作家スティーブ・エリクソンの映画愛が大爆発!

 2016年2月に出版され、3月に著者自身も来日して話題になった翻訳小説がある。スティーブ・エリクソンの2007年の作品『ゼロヴィル』がそれだ。その後、この本はじわじわ読まれてもいるようで、今になって書評もいくつか目にするようになったので、ここで取り上げたい。

 奇矯な人物が登場するエリクソン作品の中でも、ひときわ性格の激しい映画狂の主人公ヴィカーは、剃りあげた頭に映画『陽のあたる場所』のエリザベス・テイラーとモンゴメリー・クリフトの刺青を入れている。格好も怖いけれど、やることもエキセントリックな彼は、サンドイッチ屋でヒッピーに頭の刺青の映画を褒められるものの、相手が『理由なき反抗』のジェームズ・ディーンと間違えていることを知った瞬間、ヒッピーに食べ物ごとトレーを叩きつける。

 ここまで読んでこの先、一体どうなってしまうのだろうと思っていると、主人公ヴィカーは映画編集の腕を買われて成功し、カンヌ映画祭で賞を受賞。アカデミー賞にもノミネートされ、栄誉ある編集者として、映画の監督を任せられる。つまり、彼自身が陽のあたる場所へ成功者として出てゆくことになる。

『ゼロヴィル』の社会不適応な主人公が偏愛する映画『陽のあたる場所』は、貧乏な青年が上流階級にのし上がってゆこうとして、望まない妊娠をした女を捨てて、金持ちの女性と結婚すべく殺人を犯し破滅する物語である。当時のアメリカの階級格差ゆえに成立した典型的な物語である。いっぽうエリクソンの代表作『黒い時計の旅』は、不幸な出自の青年が、ヒトラーお抱えのポルノ小説作家として数奇な運命を辿る話だ。この小説はナチス・ドイツが戦争に負けずに1970年代を迎えたり、ヒトラーが80歳で認知症になりながら生き延びていたりというように、歴史を改変した、エリクソン特有のとてつもない幻想小説である。

 この二つの作品はどちらも、勝敗の決まった歴史や社会の姿を幻想の中で書き換えて、現代を批評した作品だ。社会が固定化し、格差が広がり、陽のあたる場所がどんどん遠くなってゆく日本には、行き詰まった歴史を切り裂いてみせる、エリクソンの幻想世界を受け入れる土壌ができつつあるのではないだろうか。

『ゼロヴィル』の特徴はおびただしい数の映画への言及にあるけれど、描写も映画的だ。ヴィカーの友人女性ソレダードが歩道でホームレス女性に「黒のドレスを頭から脱いで、あたかもそれで暖かくしてやれるかのように寝ている女の体に掛けてやり、凍てつくニューヨークの歩道に、パンティ、ハイヒール」だけを身にまとって立つという美しい場面がある。エリクソンは壮大な幻想の作者であることばかりが強調されるけれど、作品世界にこんな心暖まる情景をいくつか書き残すところも魅力の一つである。

スティーブ・エリクソン、柴田元幸(翻訳)『黒い時計の旅』
スティーブ・エリクソン、柴田元幸(翻訳)『ゼロヴィル』