日常に潜む小さな謎を解くうちに、大切なものに気づかされてゆく。北村薫の作品を読んだあとはいつだってそうだ。

「日常の謎」派の颯爽たるデビュー作

 北村薫は覆面作家として登場した第一作から、誰にも似ていない小説家だった。その作品、『空飛ぶ馬』には現在の作者の、作家としての独自の立ち位置が、すでに完成した形で示されている。今でこそ殺人のないミステリーを書く作家は多いが、その先駆者は彼だった。

『空飛ぶ馬』は、主人公が大学の日本文学科に通う女子大生、謎を解くのは落語の真打の円紫師匠というシリーズの一作目。このシリーズの最新作が出たら、何はともあれ買って読む、という読者も多いだろう。

 日常のどうということのない事件なのに、殺人事件以上に引きずり込まれる謎を描くのが、『空飛ぶ馬』の作品世界だ。例えばこの中の一編の「赤頭巾」。夜9時になると公園に、なぜか赤をあしらった服を身につける少女が現れるというミステリー。少女が赤い服で夜の公園に佇んでいるのには、意外な理由があった。

 円紫師匠シリーズは、明るい今どきの女子大生の日常を活写しているのみならず、人生の影の部分を炙り出して見せるのも特徴である。「赤頭巾」でウブな女子大生にはうかがい知ることのできない、大人の秘密を聞かされた主人公の彼女は、暗い現実を突きつけられて途端に両手の平で顔を覆ってしまうのだが、この物語は同時に彼女の成長物語でもある。

 最新作『遠い唇』は、ミステリーだけでなく、SFも含んだ北村薫の多才さをよく示した短編集となっている。最初の一編「遠い唇」は、今は亡き先輩が残した葉書の暗号が、あとになって大事なメッセージであったことに気づくミステリーだ。ごく短かい作品なのに、コーヒーの銘柄やヘミングウェイの小説名を組み合わせた謎解きで、あっと思わせるラストに持ってゆくのは、まさに北村薫の名人芸。

「解釈」は日本文学の名作を、異星人が翻訳機を使って珍解釈をするという設定のSFである。フィクションの概念を持たない宇宙人にとって、文学はすべてほんとうに起こったことの記録である。「吾輩は猫である」は作者の夏目漱石自身が語っているノンフィクションと理解され、“名前はまだない”はずなのに漱石という著者名があるのは“矛盾だ!”ということになる。思わずニヤリとさせられる作品だ。

 謎解きの後の読後感がいいのも、北村薫ならではだ。著者の作品は、円紫師匠と「私」のような、今の日本に失われかけている「信頼」の価値を、それとなく再認識させてくれる。

北村薫『遠い唇』
北村薫『空飛ぶ馬』