<第77回>

5月×日

【とびら開けて】

 

大ヒット映画「アナと雪の女王」、その劇中歌に「とびら開けて」という曲がある。

主人公であるアナが、その日に出会ったばかりのハンス王子という男と恋に落ちていく曲で、アナとハンスのデュエットによって展開される。

著作権うんぬんがあるので明確には記せないが、一昔前の中居くんの口調で記すなら、

ハンス「キミってどんな食べ物が好きなの?」

アナ「あー、サンドウィッチっす」

ハンス「マジ?オレもなんだけど」

アナ「ヤバいべ、マジ、気が合うべ」

ハンス「こんなこと言ったら引くかもしんないけど、え、結婚してくれない?」

アナ「もっと引くこと、言ってもいい?」

ハンス「なになに?」

アナ「もちろん結婚するべ」

という非常に軽薄な感じで結婚を決めるアナとハンスの様子が歌内にて描かれている。

話は変わって。

単行本の書き下ろし作業のため、仕事部屋に籠城する日々がもう二週間も続いている。

PC画面に向かい合い、ひたすらにキーボードを叩く。ネット回線は切っている。PCがネットにつながっていると、すぐに「芸能人 お宝」などと検索サイトに打ち込み現実逃避を始めてしまうので、まったく自分という生き物は油断も隙もあったものではない。

 

ふとキーボードを打つ指を止める。窓の外はもう真っ暗だった。深夜3時である。

「ダレカニ、アイタイ…」

そんな、ライトノベルの帯コピーのようなことを思う。

ずっと部屋に閉じこもりっぱなしの毎日で、長いこと他人と接していない。

気分転換が必要だ。そう自分に言い聞かせて、PCの電源を切る。そして淀んだ部屋をあとにし、自転車に飛び乗る。僕は夜の町へと駆りだした。

「彼女」に会うために。

カラオケルームにひとり、入店する。

すぐさま、リモコンを操作する。

カラオケルームが展開する様々なサービス、その中に「投稿動画」というものがある。

要は、カラオケルーム内に設置されたビデオカメラで自身の歌っている様子を撮影、投稿すれば全国のカラオケルームにその動画が配信されるサービスである。

リモコンを「投稿動画」モードに切り替えて検索すると、北海道から沖縄まで、全国のありとあらゆるカラオケルームから投稿された、名前も知らぬ人々の歌唱動画が画面に流れる。

つまり、ひとりカラオケでも、見知らぬ人との仮想デュエットが、画面越しにではあるが可能なのである。

僕は「とびら開けて」を検索する。

全国から投稿された、さまざまな「とびら開けて」のカラオケ動画が現れる。

女性ひとりでの投稿動画も多い。この場合、その女性はアナのパートだけを歌っていることがほとんどだ。つまり、最初から「一緒にデュエットするべ」と投稿された動画なのである。なぜ中居くん口調が再びこのタイミングで登場したのかは、謎である。

ハンスのパートを高らかに歌う、僕。

アナのパートをしっとりと歌い上げる、全然知らない人。

「結婚してくれない?」と、僕。

「もちろん結婚するべ」と、全然知らない人。

ふと画面越しに目が合う、僕と全然知らない人。

全然知らない人が、小さく手をふってくる。

頬を赤く染めながら、僕も手をふり返す。

甘酸っぱい気持ちが、胸に押し寄せる。

もちろんこの動画は生配信のものではなく、下手したら数か月前に投稿されたものだ。だから、この甘酸っぱい気持ちはおそろしいほどに一方的なものである。しかし、そのような真実を全力で無視して、僕はリモコンを手に取り、またしても「とびら開けて」を検索する。新たなアナを探すために…。

こうして僕はカラオケルームに入り浸っている最中、女性がひとりで歌っている「とびら開けて」の投稿動画を漁り続け、次から次へと仮想プロポーズを繰り返しては仮想OKをもらうという、まだ名前の付いていない遊びに興じているのである。

そして夜な夜なに訪れる人恋しさを、埋めているのである。

今日も、十回以上、様々なアナに求婚をした。

大きなアナ、小さなアナ、なんか明らかに栄養が足りていないアナ、お酒で声が潰れているアナ、どう見ても母親と同世代のアナ、初恋の子に似ているアナ。

どのアナも、「もちろん」と言ってくれた。

満足した気持ちでカラオケルームを出ると、外はもうすっかり朝だった。

もう戻れないところまで来てしまった気がする。こんなとびら、開けるつもりはなかったのに。

 

 

*本連載は、隔週水曜日に更新予定です。お楽しみに!

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