作品にたびたび猫が登場する愛猫小説家による猫小説。ふと見かけた猫が気にかかったり、仕草をかわいいと思ったりする人なら凄く愉しめる、そんな作品だ。 

猫小説の名作

『夏への扉』で猫SFを書いたハインライン、『ノラや』の内田百閒、『綿の国星』の大島弓子と、猫好きな作家・漫画家は星の数ほどいるけれど、現代日本の猫好き小説家といえば保坂和志だろう。そして、彼の初期の猫小説の名作は『猫に時間の流れる』だ。

 この小説にはご近所が飼っているチイチイとパキという二匹の猫と、野良猫のクロシロを中心に、人間と猫の暮らしが描かれている。おとなしいチイチイとパキは人間と良好な関係にあるよい猫で、彼らに喧嘩を売ったり、尿による縄張りの印であるマーキングをして、主人公とご近所の怒りを買う悪い猫がクロシロ、というのが彼らの関係だ。

 が、クロシロはある日、煮え立った油を人からかけられるという災難に会い、マーキングもしなくなり、喧嘩をする元気もなく、よろよろと主人公の前に現れるようになる。ちょうど時代はバブルが崩壊に向かう1991年、人の心もしだいに荒み始めた時代の話だ。

 保坂和志の新作短編集『地鳴き、小鳥みたいな』は、4つの短編からなり、どの作品も現在と記憶を往復した小説ともエッセイともつかないストーリーが特徴的だ。50代と思われる主人公が、20代で出会ったK先生の訃報を聞き、故人が不倫=純愛に身を焦がしていたことを知る「夏、訃報、純愛」。母の故郷の甲府に帰り、主人公が「あなた」と呼ぶ女性とともに子供時代のエピソードを巡る「地鳴き、小鳥みたいな」。
「キース・リチャーズはすごい」では、ストーンズやサザン、カフカ、ベケットなど、作者がかつて愛した芸術家たちがエッセイ風に綴られている。が、突然、飼い猫の話になったりするところが、不思議な小説だ。「猫たちも年をとる、そして何年後かには猫がいなくなって自分と妻だけが残る」とキースから脱線して、私小説風に語られるのである。

 とは言っても、夫婦で猫をじゃらして遊ぶ時の至福を描いていることからして、猫小説家としての面目は健在だ。猫がカーテンレールに上がり「自分であがったくせに降りれないと言ってニャアニャア鳴く」、手を差し出しても逃げて「落ちないかはらはらして私も妻も笑いがとまらない、あの幸福!」。著者の理想の猫たちの世界では、縄張り争いは熾烈だけれども、人間みたいに組織で人の足を引っ張ったり、銃で殺しあったりはしない。

 文庫版の『猫に時間の流れる』には、大島弓子が解説マンガを書いている。彼女も最近、保坂和志と同じく、エッセイとフィクションの間を壁の上の猫のように上手に歩いている。

保坂和志『地鳴き、小鳥みたいな』(講談社)
保坂和志『猫に時間の流れる』(中公文庫)