好きな女をいじめたくなるのがオトコで、見抜いて嬉しがるのが女。
しかし、大人になると、好意をイジワルで表現してくれる男子はどこにもいない。

なぜアングラ的嗜好が女の琴線に触れたのか?

 近年、女たちの性的好奇心はとても盛んである。たまにお堅い女性誌さんからも、けっこうエグいエロ原稿のご依頼が来たりする。反響は上々だ。
(やけに喜んでもらえたわ。もっとたくさんの女性がオトコと触れあいたくなりますように!)
 そう三流なりに祈りを込めているのも、世の女性陣の多くが、「セックスに積極的になると、女としての価値に傷がつき不幸になるのでは」と、恐れているからである。

 そんな心配、大半は柳にユーレイで、長年オトコの肌に縁がないまま女の賞味期限に悩むくらいなら、思いきってだれか誘ってヤッてみたら孤独の涙も乾くだろうと私は思うわけだが、そこまで言及すると、
「ミズノさんはおキレイだからそんなことが言えるんですッ」
 と、編集者女史にニラまれる。顔やカラダに自信があれば、だれだってオトコと楽しくヤリたいというのが、恋に臆病な女たちの言い分なのだそうだ。
 別にモデルや女優並みの完璧容姿じゃなくたって、女は女であるだけでオトコに愛される素養が多々あるのに、「こんなカラダで脱ぐわけにはいかない!」と美容努力に総力をあげ、ますますセックスチャンスから遠ざかるという、本末転倒なスパイラルに陥っていそうなのだ。

 そんな時に目に飛び込んできた緊縛は、エポックメイキングだったことだろう。縄でグルグル巻きに縛られると、どんな女でもキレイにセクシィに見える。太っていようがスタイルが悪かろうが耽美にごまかし、エロムードに没頭できそうなあたりに女たちは着目したに違いない。
 ようするに、女はどうしてもオトコから「キレイだ」と思われたい生き物で、これが縛られたい大モトの根拠その①だと踏んでいる。よって、そのようにとめどなく言い続けてやれば、縄いらずで女ゴコロをつかめるんじゃないだろうか。