なにをしないのかを決めるのは、
なにをするのかを決めるのと同じくらい大事だ。
──スティーブ・ジョブズ

 扱いづらいもの、というのは何事においても存在します。魅力的ではありますが、一方で、ヘタにそれに触れると痛い思いをしたり、激しく反論されたりするような事柄です。

写真:ロイター/アフロ

 今回から取り上げるのは、アップルの創業者のひとりでCEO(最高経営責任者)を務めたスティーブ・ジョブズ。筆者にとって、ジョブズはまさに「扱いづらい」題材のひとつでした。さまざまな逸話や名言を遺しているジョブズ。紹介すべき話題は膨大に存在します。しかし、取り上げることに、ずっと躊躇してきました。
 その理由は、ひと言でいうと「極端」だから。人物として、プラス面とマイナス面の振り幅が大きすぎるのです。私たちの暮らしに新たな価値をもたらし、機械(デジタル機器)と人との関係に大きな革新を起こした、天才的なカリスマ経営者──ジョブズをそう評価することに、何の異論もありません。  
 他方で、社員に何のためらいもなく長時間労働を求め、自分が納得できるまで何度でもやり直しをさせる。気にくわなければ罵詈雑言を容赦なく浴びせかけ、その場でクビを宣告したりもする。面接では「初体験はいつ?」などとセクハラまがいの質問を投げかけたりすることもあった、なんて話も。見方によっては、パワハラ、モラハラで社員を追い詰めるブラック体質の傲慢経営者という一面も、確実にそなえていました。
 そんな「極端」な人物だからこそ、毀誉褒貶が激しいのも道理です。そして「極端」だからこそ、高く評価する人々は、まるで教祖様に帰依する熱心な信者のように、ジョブズに心酔してしまう。それがまた、ジョブズという話題の扱いづらさをさらに強くしているような印象です。

「たしかに、褒められない一面は持っていたかもしれない。しかし、この世に完璧な人間などいない。ジョブズは、そんなマイナス要素など一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの新しい価値を世界中の人々にもたらした」
「エキセントリックでブッ飛んだ気質を持っていなければ、世界を変えるほどのインパクトをそなえた新しい製品を世に送り出すことなんてできない」
「彼は単なる経営者ではない。アーティストなのだ」

 ジョブズの信奉者たちは、そんな調子で褒めそやします。「ジョブズは天才」「凡人の価値観では推し量れない人物」である、と。
 今回からのジョブズ編では、「なぜ人は、ジョブズに魅了されてしまうのか」といった側面についても考えながら、発言を紹介していこうと思います。

 スティーブ・ジョブズ(1955年~2011年)の経営者としてのキャリアは、天才的コンピュータエンジニアのスティーブ・ウォズニアック(ジョブズの5歳年上で、1950年生まれ)とともに、1976年、アップルを設立するところからスタートします。そのとき、ジョブズは21歳でした。
 企業としてのアップルと、経営者としてのジョブズに関する逸話や歩みについては、書籍やウェブですでに膨大に語られています。時系列を追いながら細かく触れていくとキリがないので、本稿では名言自体にフォーカスしながら進めていきましょう。

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なにをしないのかを決めるのは、なにをするのかを決めるのと同じくらい大事だ。会社についてもそうだし、製品についてもそうだ。
(ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ II』より)
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 ジョブズの根幹を成す価値観として「シンプル」「合理的」は欠かすことのできない要素です。ムダを嫌い、必要のないものは徹底的に削ぎ落としていく。そして、本当に大切なこと、集中すべきことを徹底的に突き詰めていく。そうした考え方は、アップルという企業の経営においても、そこから生み出される製品においても、ジョブズ自身の人生においても貫かれています。そして、シンプルで合理的なものほど、美しい──そうした感性の持ち主でもありました。
 アップルの製品を語るときに「機能美」をキーワードとして用いることが少なくありません。誰にでも扱いやすく、必要十分な機能が備わっている。デザインもシンプルでありながら独特の存在感を放ち、美しい。そうしたアップル製品の魅力は、前述したジョブズの価値観、哲学があらゆる部分に反映されているからに他なりません。
 先に挙げたジョブズの発言は、あらゆることに応用できる視点でしょう。日々の生活や仕事では、さまざまな雑事に翻弄されてしまい「本当にやらなければならないこと」になかなか手が付けられない、という状況が往々にして起こります。
 しかし、そうした雑事を冷静に整理してみると、実は余計なことだったり、いま急いでやる必要のないことだったりする、というのもこれまたよくある話です。物事に優先順位をつけ、いまやらなくてもよいこと、やらなくても問題が起きないことは、容赦なく捨てる。そうすることで、本当にやらなければならないことに、スピードを上げて注力できるようになる。このような言説は、さまざまなビジネス書でも語られていることです。

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