森友学園問題から派生した話題のひとつに「教育勅語」がある。「松野博一文部科学相は(4月)4日、戦前・戦中の教育勅語を教材で使うことを政府答弁書で認めたことに関し、『この教材はだめなどと発言するのは、教員の教材や教え方をつぶすことになる』との認識を示した。そのうえで『道徳を教えるために教育勅語を使ってはいけないと私が申し上げるべきではない』と述べた」(朝日新聞デジタル)。朝日新聞や毎日新聞は「戦前回帰」を懸念する一方、産経新聞はこのような指摘を「妄想」と批判。教育勅語の是非について考えるには、安倍首相の日本国憲法観に関するこれまでの発言が参考になる。作家・適菜収氏は最新刊『安倍でもわかる保守思想入門』で安倍首相の発言を検証し、その無知蒙昧ぶりを指摘する。

憲法を「前文から全てを含めて変えたい」。でも憲法についてはよく知らない。 

「いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人が作ったんじゃないですからね」

 安倍の憲法理解については姉妹編『安倍でもわかる政治思想入門』で詳しく述べたので、繰り返さないが、基本的にネトウヨ1年生くらいの知識しかない。

「憲法はわずか9日の間に連合軍総司令部(GHQ)民政局の25人のメンバーによって書かれた」とか「ドイツは戦後59回も憲法改正をしている」といったよくありがちなフレーズを繰り返すだけ。

 安倍はネット番組で「占領下において短い期間で連合国総司令部において25人の方々によって作られたのは間違いのない事実。こういう過程でできたから変えていくという議論をするのは当然のことだ」などと言っていたが、25人ではなくて50人だったら満足するんですかね?

 9日ではなくて2週間ならいいのか?

 当然、憲法論議の本質はそんなところにはない。

 安倍は改憲により一院制や道州制の導入をもくろみ、改憲による首相公選制の導入を唱える維新の会ともつながっている。

 それ以前に、立憲主義さえ理解していない。

 安倍曰く、「憲法が権力を縛るためのものだったのは王権の時代。その考え方は古い。今われわれが改正しようとしている憲法は、国家権力を縛るためだけではなく、私たちの理想や国のあり方、未来について語るものにしていきたい」。

 憲法学においては「固有の意味の憲法」(広義の憲法)と「立憲的意味の憲法」(狭義の憲法)は区別されている。

 広義の憲法という視点においては、憲法は国家権力を縛る機能だけでなく、国家の秩序の根本規範、つまり国の形(国柄)を表現する規範と捉えられている。

 当たり前の話だが、それは伝統による正統性を持った規範であり、「私たちの理想や国のあり方、未来について語るもの」ではない。安倍が妄想を膨らませて「理想の国家」を語ったものが憲法になるなら、それこそ王権時代への逆戻りである。

 憲法は国の根幹であり、チンパンジーに触らせたら危険である。私は改憲派だが、安倍が改憲するくらいなら、未来永劫、今の憲法のままでいい。「憲法改正!」と大きな声を出せば、情弱の自称保守や耄碌した老人が喜んでくれるのかもしれないが、いじましいんですね。みっともない政治家ですよ、はっきり言って。

 安倍を支持している連中のメンタリティーは基本的には左翼です。

 とにかく憲法を変えればうまくいくというのは単なるオプティミズムであり、憲法を変えたら戦争になるという左翼と同類の花畑。

 9条改正というエサを目の前にぶらさげられれば、たとえ腐っていても平気で食べてしまう。(敬称略)

【最新刊『安倍でもわかる保守思想入門』より構成】