イラスト/フォトライブラリー
『江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 浄瑠璃『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』は、呉服屋の主人帯屋長右衛門(38歳)とお半(14歳)が心中した事件を脚色したもので、安永五年(1776)に人形浄瑠璃(文楽)として初演された。なんと、二十四歳も年が離れた男女の不倫と心中である。
 事件そのものの舞台は上方だが、浄瑠璃になったことで江戸の男女にあたえた影響も大きかったため、本稿でとりあげることにした。
 さて、『譚海』に、このお半と長右衛門の心中事件の真相なるものが出ている。

 京都に長右衛門という商人がいた。隣家にお半という娘がいて、長右衛門は日ごろ、お半を自分の娘のようにかわいがっていた。
 あるとき、ふとした出来心から長右衛門はお半に手を出した。その後は人目を忍んで男と女の関係を続けていたが、お半が妊娠してしまった。
 長右衛門には妻子がいた。困った長右衛門はついに、お半と駆け落ちすることにした。

 家を抜け出したふたりは桂川まで来て、渡し舟に乗ろうとした。長右衛門は逃亡資金として二百両をふところに入れていたが、船頭が大金を隠し持っているのに気づいた。
 船頭ふたりがしめしあわせ、長右衛門とお半を殺して金を奪い、死体は川に流してしまった。船頭ふたりは奪った金を折半し、それぞれ京都で商売を始めて成功した。

 ひとりの船頭が病気になった。もう助からないと知って、枕元に息子のひとりを呼び寄せ、かつての自分の悪行をすべて物語り、さらにこう述べた。
「別れるとき、これからさき、どちらかいっぽうが困窮したら、必ず助けるようにしようと約束した。もし金に困ったときは、訪ねて行くがよい」
 こう言い残し、男は死んだ。

 息子は道楽者だったため、やがて親の遺産も使い果たしてしまった。ふと、臨終のときの父親の言葉を思い出し、いまは紙屋を営んでいるもうひとりの船頭を訪ねて行った。紙屋はいやとも言えず、いくばくかの金を渡した。
 その後も、息子はしばしば紙屋を訪ねて行く。もう、こうなるとゆすりである。ついに紙屋も我慢できず、「もう、お断わりだ。一文も出せない」と、きっぱり断わった。

 怒った息子は、紙屋の主人のかつての犯行を奉行所に訴え出た。紙屋は役人に召し捕られ、町中引き廻しの上、獄門の刑に処せられた。長右衛門とお半が殺害されてから三十八年目だった。

 現代、年の離れた男女の結婚が話題になることは少なくない。たとえば、六十代の男と二十代の女の結婚などである。長右衛門とお半も年が離れているが、男は三十代、女は十代だった。
 年齢がかけ離れた男女でも恋愛することはいまも江戸時代も変わらないが、現代は男女それぞれの年齢がぐっと高くなっている。やはり高齢社会といえよう。