<第19回>

2月×日【聖徳太子 10人は何を言っていた?】 

歴史に疎い。
教養の浅はかさがバレるのは嫌なので、あまり多くを語りたくはないが、小林一茶は「たぶん俳句みたいなのを詠んでいたか、もしくは茶道の関係者」だとぼんやり認識している。グラハム・ベルは「ベルかハムを発明した人」で、ナイチンゲールは「すごく優しいナースさん」で、西島秀俊は「たぶんモデル出身の俳優」だとおおよそで理解している。
歴史上の人物名を羅列しようと思ったら、全然思いつけず、西島くんでごまかしているあたりに、僕の歴史に対する疎さを感じ取っていただきたい。
で、これら己の知識がおそらく間違っていることはなんとなく直感でわかるのだが、それ以上、歴史の正しい知識を追う気も起きない。
そんな自分が、最近になって「歴史上の偉人」について調べることにハマっている。

最初のきっかけは、仕事だった。
依頼されたとある脚本を書く際、どうしても江戸時代について調べなくてはならなくなり、億劫ながらも図書館で関連書物をひもといているうちに、平賀源内や伊能忠敬のアナーキーな生き方を知り、やはり偉人とは偉人であるという当たり前のことに感服、そこから興味の枝葉を広げて少しずつ古今東西の偉人伝を読み広げている。

で、そんな僕がいま一番気になっているのは、聖徳太子である。
よくわからないけど、すごく偉い人。
キング・オブ・偉人。
そんな聖徳太子の偉人伝を次に読もうと決めたのには、わけがある。
聖徳太子のとある伝説に、疑問を抱いたのだ。
その伝説とは、

「聖徳太子は10人の話を、同時に聞き分けた」。


なんか、小学生の頃に授業で聞いたことのある、あのエピソードである。
10人の話を同時にヒアリングするなんてさすがは偉人・聖徳太子であるが、その前にまず思うのは「その10人、空気読めなさすぎるだろう」ということである。
他の人が喋っているのに重ねて喋りかけるだなんて、しかも聖徳太子にそれをやるだなんて、TPOを考えないにもほどがある。
聖徳太子も、よくその10人の話に、付き合ってあげたものである。
居酒屋で注文タブレットを手に持つと、周りから一斉に「あ、生ビールもふたつ入れて」「あと砂肝も」などという声が殺到してプチパニックに陥ることがあるが、聖徳太子はまさにその時、そんな心理状態に身をおいていたのではないか。
そしてなによりの疑問は「そもそも、その10人はなにを喋っていたのか」ということである。

「聖徳太子は10人の話を、同時に聞き分けた」。

そこまでは知っているが、その10人がその時、何を喋っていたのかは全く知らない。
一体、10人は何を聖徳太子に話しかけていたのだろう。


1「聖徳さんが美味いって言ってた中華料理屋、先月火事になったんですって」

2「聖徳さん、まだ『ゼロ・グラビティ』観てないんですか?」

3「今夜、聖徳さんの家、泊まってってもいいスか?」

4「聖徳、先生が職員室まで来いってさ」

5「壺を割ったの、聖徳ってことにしていい?」

6「オレたち、もう友達なんだから、下の名前で呼んでくれよ!オレも今日から聖徳のこと、太子って呼ぶぜ!」

7「聖徳くん、あたしとは、遊びだったの…?」

8「聖徳くん、誰よ、この女」

9「お、聖徳。大変そうだな、修羅場か?そんな時に悪いんだけど、金貸してくれねえかな?」

10「やめときな、聖徳くん。こいつに金貸しても、ロクなことにならないよ」


まさか、こんな俗っぽいことを話しかけられていたわけではないだろう。
よし、さっそくグーグルに聞いてみよう。


「聖徳太子 10人は何を言っていた?」でグーグル検索。

しかし、具体的に何を言っていたのか、それを解説してくれるサイトが出てこない。
サイトからサイトへとリンクを辿り、懸命に調べたが、詳しいことが書かれたサイトを見つけることができない。
どうも、あのとき10人が聖徳太子になにを言っていたのかについては、誰も知らないらしいのだ。

気づくと、タブは10個に膨れ上がっていた。それでもグーグルは、諦めずに僕の検索に付き合ってくれている。

現代の聖徳太子とは、グーグルのことなのではないか。ふと、そんなことを思った。
調べているうちに「聖徳太子は本当は実在しなかった説」について詳しく書かれたサイトを発見し、それを読み終えた頃には、僕の聖徳太子に対する興味は急速に失われていた。

 

 

 

*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。