南青山でオーダーメイドスーツ店を経営し、イギリスサヴィルロウで学んだ技術をベースに有田流のスーツを作り続けている有田一成さん。週末は山道をクルマで走りながら、鳥の声を聴きに行くというウィークデイとウィークエンドのギャップを持つ彼と『最小限主義。』の著者、沼畑直樹がミニマリズムについて語り合った。
 

有田一成(テーラー&カッター)
沼畑直樹(『最小限主義。』著者)

沼畑 こないだ3歳の娘と湘南にドライブに行って、夕陽を見て帰ってきました。なかなか実行に移すのは難しいと感じました。有田さんは湘南で暮らしているから、休日は夕陽が見れますよね。
有田 僕らはよくまあ夕陽は見てます。都内では夕陽って見られないじゃないですか。ビルに隠れて見えませんよね。あと、海と山の夕陽でも全然違う。それはやっぱり綺麗だし、ただ僕は本当によく見てるので、わざわざ夕陽を見に別のところに出かけるということは正直ないんですよね。好きなのはビーチで散歩すること。休みの日はビーチか山に行くのどちらかで、ほんとによくビーチ散歩はしてるんです。
沼畑 ビーチの散歩は何度やっても飽きないですか?
有田 休みの日はもう絶対に仕事の話はしないし、家庭に持ち込まないんです。「海に行ったら仕事を忘れる」っていうのは、都会で暮らしている人には本当にそうだと思います。ただ、僕の場合は都内ではスーツ着てますけど、それをTシャツ短パンで自由に遊ぶのが楽しいんです。泳ぐことも楽しい。どうして楽しいかというと、究極の答えは「自然だから」です。海も山も、「自然」だから。山の場合は、木が生きてることを本当に感じるんですよね。山に行って、大きい木があると、抱きついたりしますよ(笑)。力もらいますよ。

沼畑 自然の反対の人間の世界では精神的にストレスを感じることはないですか?
有田 そういうのが一切ないんです。まったく見ていないというか、雑誌も見ないし、人の作品も見ない。今年の流行を知らなすぎるのも問題かもしれないですが、知りすぎるのも良くないと。なのでほとんど見ないんです。見たいのは、たとえば海外の雑誌の写真の背景の色だとか、雰囲気的なものだけを見てます。服のディティールは見ないですね。海と山と同じで、癒やしを求めて見るだけで、他のデザイナーがどういう活躍をしてるとか、どういうデザインをしているとか、そういう部分はあまり見ないんです。

沼畑 雰囲気を掴むというのは本当に面白い視点ですよね。僕も若い頃に友人がNYの古いアパートに住んでいて、その雰囲気がとにかく好きだった。今住んでいる家は古いマンションをリノベーションしたんですが、そのアパートの雰囲気を再現したくて、壁紙を自分で丁寧に剥がして、白く塗ったんです。あとは床を木にして、ブラウンに塗った。そのスケルトンの状態で、少し雰囲気が出ました。でも、最終的には何かが違う。それは何かというと、窓の向こうにセントラルパークがあるのか、ビルが見えるのかとか、外側の包まれる部分だったりする。それが雰囲気を作ってるんですね。僕はそういうのを自分が撮ってる写真とか本などで表現したい。そのいいなっと思う理由は何なのか、雰囲気を作り出すものはなんなのかというのを追究したいんです。

有田 なるほど。僕の場合は雰囲気を楽しんでいて、それを表現には結びつけないですが、だから表現しようとする沼畑さんの発想は面白いですね。

沼畑 有田さんのスーツはイギリスで着たら、街の風景と合うだろうなという発想はないですか?

有田 たとえば僕は自分のスーツを着てロンドンに行ったら、カフェで声をかけられたり、スーパーでおばあさんに「かっこいいわね」と声をかけられたり、そういうのが本当に多いんです。でもそれをイギリスで流行らそうとか、ビジネスにしようとかは考えていない。僕はイギリスで学んできたわけだし、ありがとうという気持ちで行きます。だからあまり最初にそういうことは考えてないですね。

テーラーのスタイル

有田 よくテーラーにはブリティッシュスタイルとか、イタリアンとかいろいろあって、お客さんにとってはブリティッシュってわかりやすいと思うんですけど、自分は自分のスタイルでいいのではないかとずっと思ってます。たしかにイギリスで学んだんですけど、それをそのままやっているわけではないし、自分の感性で線を引いているわけだから。雰囲気としてイギリスっぽいというのは嫌なんです。だから、一人のデザイナーとして、自分のスタイルで生地を切っている。お客さんにとっても、「僕はイタリアンが好きなので、ブリティッシュは…」という考え方があると思うんですけど、それも壊したい。僕の場合はお客さんとのコラボレーションなので、1点1点違う。そこにカテゴリー分けはないんですよね。僕自身もテーラーという枠組みやカテゴリーからは抜けていきたいんです。

沼畑 1対1でスーツを作っていくんですね。
有田 僕の中でスーツは、ネクタイをしてシャツをしてという決まりの中のものじゃなくて、中はTシャツでもいいし、上着をジャケットとして使ってもいい。仕事でも遊びでも使えるものを作っています。スーツの立ち位置もこれからどんどん変わっていくと思います。僕の場合はクロムハーツを付けてスーツを着てという場合に、実際は90パーセントがスーツになりますが、この小さな面積のクロムハーツを引き立てるためのスーツを作っているときもある。靴がベルルッティだったら、普通のスーツは似合わない。じゃあどうすればいいのかということです。もちろんスーツから入ってもらうのもOK。でも、自分が持っている時計からスーツを作るという遊び心でもぜひ作ってみてほしいんです。

沼畑 そのルーツは何ですか。

有田 遊び心ですね。自分自身もそうしてるし、スーツを遊び心で使ってほしい。オーダーするスーツの遊び心ですね。全部ブランドで固めるよりは、1個くらいのブランドで、あとは遊びたい。
沼畑 イギリスは階級があって、ハンティングする人たちがたとえばあったり、芝生でシャツでピクニックする人たちもいる。それぞれにスタイルがあって、それは遊びと一緒になっている。外の国の人たちはハンティングの格好がいいなと思うとそれを再現するために服選びをする。そういう全体的なカルチャーの提案としてのスーツというのはないですか?
有田 ありますね。最初の入り口としては、本当にそういう感じで、やっぱりブリティッシュが好きな人にはやっぱりブリティッシュですよね。そこから少しずつ、お客さんが持っているものに対して、対等な立場でディスカッションして作り上げているものがあって、そうやっていくとやがてお客さんのほうから、今まで着ていたものが似合わなくなっていくという思いになったりするんです。見える世界が変わっていくんですよね。そうするとそれぞれにもう、お洒落の境地が変わっていくので、そこでお客さんが他の店で服やアイテムを欲しくなったら、それはそれで嬉しいんです。