質量ともに劣る日本軍は、
待ち受けた米軍の前に完敗

「敵は3つの空母群か。よし、ただちに全目標に攻撃を指向する」

第1攻撃隊として最後に飛び立った第2航戦は途中でグアム方面への攻撃を命じられ、困惑したまま針路を変えた。新たに発見された機動部隊には第2次攻撃隊を差し向けることになり、第1・2航戦の68機が発進した…。

つい血気にはやった小沢はこのとき搭乗員の練度の低さを忘れていたようである。ただでさえ艦上機は敵の半分ほどしかないうえに、戦力を分散すればさらに劣勢になる。小沢は日本海軍航空隊の全盛時代のような意識で攻撃隊の働きに期待をかけていた。

この間、小沢の自信を打ち砕くように「大鳳」の右舷前部に敵潜水艦の魚雷が命中、その日のうちに沈没する。「翔鶴」も同じく魚雷3発を浴び、沈没した。

攻撃隊にも非情な運命が待っていた。アメリカ軍は新型レーダーで日本軍機の接近を正確に把握し、戦闘機隊は日本軍機の上空から一撃離脱法で襲撃した。わずかに急襲から逃れた攻撃機も熾(し)烈(れつ)な対空火器の前に次々と火を噴いた。

小沢が乾坤(けんこん)一擲(いってき)の勝負に賭けたアウトレンジ戦法は実はすでに一時代前のものになっていたのである。