歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

 今回は、NHK大河ドラマ「直虎」で大盛り上がりの井伊家。幕末にその名を轟かせた、近江彦根藩15代藩主、井伊直弼を鑑定する。

井伊 直弼:(1815-1860)
生年月日: 文化12年10月29日(グレゴリオ暦:1815年11月29日)

井伊直弼の命式表
 

  それでは、上の命式表を見ながら鑑定していく。

○日柱の干支(かんし):「庚辰」(かのえたつ)
 これは「春」の「刀」を表す。「刀」のように、芯が強く、気が強く、頑固な人物だったのであろう。庚の人は、物おじせず挑戦する勇気があるが、他人の忠告に耳を貸さず、強引に物事を進めたい願望がある。江戸幕府の大老として直弼が、アメリカのハリスとの間で結んだ日米修好通商条約は、孝明天皇の勅許がないまま締結に至っている。孝明天皇の消極的姿勢に反し、アメリカ側からのタイムリミットに迫られるという難しい状況だったのだろうが、挑戦的な性格で強引に締結を進めた部分もあるのかもしれない。同様に「庚辰」を持つ有名人として、安倍総理や安室奈美恵がいる。

 続いて、通変星、蔵干通変星、十二運星から、性格を鑑定する。

○主星「食神(しょくじん)」
 おおらかで遊び好き、おしゃべりで明るく人気者の星。子宝に恵まれ、子どもが大好き。食にこだわりを持つグルメの星でもある。直弼はこの星を2つ持っているため、食神の性質が強まっている可能性が高い。
 失礼ながら、直弼の肖像画や歴史の教科書のイメージからは、明るく人気者の性格は想像がつかない。しかし、彦根藩の人たちからは人気があったようである。彦根藩主になると、直弼はまず、先代・直亮(なおあき)が残したお金を家来や彦根藩に住む人に分け与えた。この金額は1年間の彦根藩の収入と同じくらい大きなものだったという。また、彦根に帰ると、全ての地域を見て周り、生活の苦しい人や病人に救いの手を差し伸べていたという。直弼が桜田門外で暗殺されたことが彦根に伝えられると、村人は悲しみ、水戸藩を討とうと江戸に向かう人もいたそうである。明るくおしゃべり好きだったか否かわからないが、彦根藩からの人望は厚く、人気者だったことは間違いないようだ。

※「食神」+「病」の組み合わせ
 直弼は、「食神」+「病」を月柱と年柱の2か所に持っている。この組み合わせは「何かのカリスマになれる」という意味を持つ。以前鑑定した、上杉謙信もこれを2つ持っていた。連戦連勝の謙信が「戦のカリスマ」だったとすると、直弼は「時代を読むカリスマ」だろうか。当時は、日米修好通商条約を独断で結んだと批判され、安政の大獄により敵を作り最終的に水戸藩士により暗殺されてしまった直弼であるが、今にして思うと、直弼のこれらの政策があったからこそ、日本の安全が守られ、維新がスムーズに進んだとも言える。日米修好通商条約を結んだ際、すでに交渉を引き延ばせない段階にあり、直弼の独断がなかったら、アメリカから攻撃を受けていた可能性がある。また、一橋派や攘夷派等の幕府にとっての不穏分子を徹底的に排除したことで、松下村塾生等の幕末志士の団結に繋がり明治維新に繋がったとも考えられる。