鹿島以降に求めた「できるだけ違う経験」

岩政大樹の現役目線22回
 鹿島アントラーズを離れてもう4年目となりました。その間、僕はタイに1年間渡り、その後、J2のファジアーノ岡山で2年を過ごしました。今ではカテゴリーとしては"5部"にあたる、関東1部リーグで選手兼コーチとしてプレーするかたわら、東京大学のサッカー部の指導を行なっています。

 このコラムで何度も言ってきましたが、鹿島を離れる時に僕は、鹿島でしてきたものとは「できるだけ違う経験」を求めました。そして、ありがたいことにその望んだキャリアを歩むことができました。「できるだけ違う経験」を求めたのは、自分の中で色々なことの答えが見えてくるような気がしたからでした。
 経験してきたことや、見てきたこと。
 それらを客観的に評価するためには、自分にできるだけ真逆の視点が必要だと思っていたのです。

 少しレベルが落ちるとされる国やカテゴリーでプレーしてみて感じた違いには、予想していたものとそうでないものがありました。今日はその違いについて、率直に感じたことをお話ししようと思います(「レベルの高い、低い」、「違い」という言葉はとても使いづらく、誤解を招いてしまう言葉でもあると思います。今回はそれを承知で、敢えて書かせていただきました。ご了承ください)。

 

 まず、よく言われるのが「環境」の違いです。この4年間は鹿島のように、全てが用意される環境には到底ありませんでした。
 タイでは練習場を転々としましたし、練習場の変更の連絡がなく一人佇んでいたこともありました。岡山でも一部荷物が個人管理だったり、食事の面などで管理が充分に行き届いてない面もありました。社会人リーグでプレーしている今では、全ての荷物はもちろん個人管理ですし、練習や試合はほとんどが人工芝で行われます。
 大きな違いと言えば、確かに大きな違いです。
 ただ、この点に関しては自分でも驚くほど不満に感じることはありませんでした。
 自分で望んで選んだ道だということもありますし、何より、そうしたことにあまりプライドというものがないのだと思います。

 それより大きく違いを感じた点はやはりピッチ内にありました。特に、2つの点で"それまで"とは大きく違っていました。

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