著作が残っていないタレス

 タレスは紀元前624年頃に生まれ、紀元前546年頃に78歳、もしくは90歳で亡くなったと言われている。なにしろ古代の人物なので、はっきりしたことがわからない場合も多く、生没年や亡くなった年齢にも諸説がある。

 哲学者としてのタレスは、古代ギリシア世界に大きな影響を与えた。だが、家系的にはギリシア系ではなくフェニキア人の名門一家の生まれだったとされている。住んでいた街もアテネなどがある現代のギリシャの領域ではなく、アテネからエーゲ海を挟んだ対岸にあり今ではトルコ領となっているイオニア地方のミレトスという植民都市だった。

 同時代のイオニアには他にもアナクシマンドロスやアナクシメネスという哲学者がいた。そして、彼らの系譜を受け継ぐアナクサゴラスという哲学者が紀元前480年頃にイオニアからアテネへと移り住み、ソクラテスへ影響を与えることとなった。

 ソクラテスの思想はプラトン、アリストテレスへと受け継がれていく。こうしてタレスの哲学は、後の西洋哲学の起源となったのである。

 

 哲学者にとって欠かせないものに思われる書物だが、タレスの場合は一冊も残されていない。
『航海用天文学』という書物や『太陽の至点について』『春・秋分点について』という書物を書いたと言われているが、詳しいことはわからない。古すぎて散逸してしまったのだろう。
 現代に残されているのは、いくつかの逸話と言葉、「万物の始まりは水である」とする断片的な文章が伝聞によって伝わっているだけである。

 いずれにしても、彼がフェニキア系の名門一家として植民都市ミレトスの政治に関わる一方、現代で言うところの天文学の研究を行っていたことは確かなようだ。

 天文学者としてのタレスは、小熊座の発見、太陽の至点から至点までの軌道(夏至と冬至)の発見、日食の予言、ひと月の最後の日を「第三十日」と呼ぶ、一年を365日に分けて四季の区別を見出すなどの功績を挙げたとされている。
 また、幾何学の分野で半円に内接する三角形は直角であるとする「タレスの定理」を発見した。

次のページ 無類のスポーツ好きで、最期を迎えた場所は……