日本全国に数多ある名字に高校生の時から興味を持ち、研究を始めた高信さん。自身が全国を行脚し出会ってきた珍名とそれにまつわるエピソードを紹介する。

 私が名字に興味を持ったのは16歳、高校1年生の時である。茨城県の山間部で育った私の周囲では、近隣の名字がみな同じで、それほど名字は多くなく、中学校の全生徒約370名で30個ぐらいの名字だった。しかし、高校に入学すると各地から生徒が集まり、多くの名字を目にし、全国にはどのくらいの名字がが存在するのだろうかと興味を持つようになった。
 それをきっかけに全国の電話帳を基に調べていくにつれ、読めない名字(四月一日・わたぬき)や、読めてもこんな名字(鼻毛・はなげ)と驚くような名字を知り、本当に実在するの?と興味は増すばかり。
 その後、全国を旅して実際にその名字の方に会い、由来やエピソードを聞いてきた。それらの名字にまつわる話を私ひとりで楽しむのはもったいないと思い、これまで講演会や書籍、またテレビ番組等で紹介してきた。

 日本の名字は、世界に類のないほど歴史があり、日本文化の一つといえる。この文化を絶やさないためにも、その家の家宝である先祖から伝わった名字を大切にし子孫に伝えていって欲しいものである。そんな思いを込めて、これから全国を旅して見つけた珍名さんについて取り上げていきたい。今回は、私が全国行脚の最初に訪ねた「小鳥遊(たかなし)」さんをご紹介したい。

 小鳥遊さんは、和歌山県最南端の港町に住んでいる。元々は高梨(たかなし)という名字であったが、明治になり戸籍を届ける際に、そのままではつまらないと、トンチを利かせて小鳥遊と届けたことが由来だそうだ。
 漢字に込められた意味は、鷹(たか)がいなければ(無し)、小鳥は安心して遊んで(飛んで)いられる。
 昔、娘さんの高校受験の合格発表の際、ラジオから名前が呼ばれず不合格になったと悲しんでいたら、翌日合格通知が届き、アナウンサーが「たかなし」と読めず「こじまゆう」と読んでしまったという、難読名字ならではの楽しいエピソードを伺うこともできたのだった。