どんなに顔や心根が美しくあるよう努力をしても、最終的には醜いものを見せねばならぬことが女はつらい。
 

女は自分のアソコに嫌気を感じているはず

 女がベッドで両脚を開いた時、オトコが言う言葉は、ほぼ以下の二種に分かれるらしい。一方は「キレイ」または「可愛い」。もう一方は「イヤらしい」だ。もちろんその下に「おま○こ」が続く。
 とある女子会で、どちらを言うのがイイオトコかで小一時間キャーキャー盛り上がったのだが、前者支持派は、「だってアソコってどう見ても醜いじゃない!」と切実に言った。どんなに顔や心根が美しくあるよう努力をしても、最終的には醜いものを見せねばならぬことが女はつらい。そんな時に「キレイだよ」とウソでも言ってくれる優しさがオトコの器量だというわけだ。

 たしかに、女は自分のアソコに大なり小なりの嫌気を感じているはずである。私も幼児期から、「見ちゃいけません!」「触っちゃいけません!」とよく親に言われ、
(お母様コワい。よっぽどとんでもないものがついてるんだ…)
 と恐々とした。思春期にその禁戒を破って、パンツの中を鏡で見た時、なにかのマチガイだ、と胸に叫んだ。リボンやフリルでせっせとオシャレしてきた乙女心が全部パー。というより、こんなヒドいものがついているのは私だけで、他の人たちの股間はもっとちゃんとしているのではと、根拠のない恐怖心さえ抱いた。それくらい女陰の形状のとんでもなさは想像を絶した。

「あのカタチがキレイなわけないじゃない。そんなおためごかしを言うオトコはヤリ飽きるのも早いわよ」と、後者支持派は主張する。女陰をイヤらしいと言うオトコのほうが正直で、関係を大事にする傾向があるという。
 アートかワイセツか、みたいなおなじみ議論に似てくるが、オトコの関心度でいえば、アートよりワイセツのほうが断然高いだろう。実際、初回から無神経に「わっイヤらしい~! ワイセツの権化!」と叫んだオトコのほうが、わが女陰に長く執着心を持ってくれた覚えもある。その時は(なんつう失礼なっ!)とアタマにきて闘志がみなぎったのだが、それはそれでアツい一夜にはなった。イヤらしいと思われることは、女にとって悪いばかりでもないかもしれない。

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