イラスト/フォトライブラリー
『江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 陸尺(ろくしゃく)は、力仕事や雑役を仕事にする男のことである。『半日閑話』に、つぎのような話が出ている。

 文政二年(1819)の八月中旬、下谷あたりに住む陸尺が団子を食べて即死する夢を見た。
 翌日、陸尺は用事ができて浅草あたりに出かけたところ、若い男が目を血走らせ、必死になってあちこち人さがしをしている。人々が集まってきた。
「いったい、どうしたのかね」
「あたくしは薬屋でございます。さきほど、あたくしどもの店に、木綿の中形の広袖の着物を着た下男風の男が来て、『鴆毒(ちんどく)を売ってください』とのこと。鴆毒を売る際には相手の身元をきちんとたしかめるのがきまりなのですが、あたくしはそのとき、なにも聞かないままうっかり売り渡してしまったのです。あとになって気づき、こうして追いかけてきたのですが、見つかりません」
 男は憔悴しきった顔で戻っていった。

 そばで薬屋の話を聞いていた陸尺は、「物騒なことだな」と思いながら帰宅した。すると、女房が、「団子をこしらえたよ」と、食べるよう勧めた。陸尺はハッとなった。
 昨晩の夢といい、さきほどの薬屋の話といい、奇妙に符合している。その場は適当に誤魔化しておいて、女房が離れたすきを見て、下女にそっとたずねた。
「最近、木綿の中形の広袖を着た若い男に心あたりはないか」
「そういえば」
 下女は、下男がそんな着物を着ていたと告げた。

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