開店祝の花は、近所の人がもらっていくので夕方には空っぽ。そんな光景が名古屋では普通だと、清水義範著『日本の異界 名古屋』(ベスト新書)で紹介されている。

◆「近所のおばさんたちがもらっていっちゃうんだ」

 初めて目にした時、これはいったい何だろうと思ったのは、街中の新しく開店した店の前に置かれていた、緑色のオアシス何個かだった。

 オアシスというのは、花を挿す緑色のスポンジみたいなものである。それが、受け皿にのっていくつも並んでいるのだ。

 弟の運転する車に乗せられて名古屋の街中を走っていた時のことである。

 そこで弟にきいてみた。

「あれは何なんだ」

 その答えは想像を超えたものだった。

「あそこに新しくオープンした店の、開店祝いの花だわ」
「花だわって言うけど、花なんかないじゃないか」
「開店祝いに飾った花を、その日のうちに近所のおばさんたちがもらっていっちゃうんだ」

 あれには驚いた。開店祝いで飾ってある花をその日のうちにもらっていって、オアシスだけが残っているなんて常識では考えられないではないか。

「どうしてその日のうちにもらっちゃうんだ」
「開店したというのは、その日の朝店を開けた時のことで、そこを祝ったんだから、あとは用ずみの花だと考えるのかなあ」

 弟も詳しくわかっているわけではなさそうだった。そういう会話をしたのは今から20年くらい前のことだ。

 とにかく、名古屋では開店祝いに飾った花は、あっという間に近所の主婦に持っていかれてしまうというわけだ。あらまあ、用ずみの花があるわ、もらっていきましょう、というふうに。

 信じられないような図々しさだが、得なことが大好きな名古屋人にはそれはごく自然なことなのかもしれない。そこにある、もらっていいものは、ためらいなくもらうのだ。

葬式の花、大相撲の際の名古屋場所の俵なども同様にもらわれていくのだが、名古屋ならではの俵についてのすっとこどっこいなエピソードなども清水義範著『日本の異界 名古屋』(ベスト新書)で紹介されている。