英国のEU離脱など、世界情勢の大きなうねりを読み解いてきた、エマニュエル・トッド理論。スケールが大きいだけに、われわれ一般人にはどこか遠いものに感じてしまうかもしれない。しかし、鹿島茂氏が著した『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』は、トッド理論はわたしたちの半径5メートルの問題を解決するツールにもなると指摘、重版を重ねている。そもそもなぜ仏文学者である鹿島茂氏がトッド理論に目をつけたのか――。

文学作品にあらわれた遺産相続のメタファー

 

 文学者として、色々な文学・小説を読んできましたが、それを読み込む上で出てきた疑問・命題に、トッドの理論が答えのヒントをくれたからです。  

 例えばイングランドの劇作家、シェイクスピアの『リア王』。あれは王様が自分の3人の娘たちに「誰が一番私を愛しいるか?」と問うて「私のことを一番愛している娘に全ての遺産をあげよう」という話で、遺産相続の一つのメタファーですね。

 それとよく似た話が、フランスのバルザックが書いた『ゴリオ爺さん』に出てきます。ゴリオは二人の娘に全財産を渡して最後すっからかんで死んでしまうのだけど、相続する相手は娘二人に対して平等に行われる。一人ではなく、全員に平等。

 エミール・ゾラの『大地』もパリに近い農村で農地を遺産相続する話で、平等分割。ところが同じフランスでも南西部のボルドーを舞台にしたフランソワ・モーリアックの小説になると、日本と同じように長男一人が相続するスタイルなんですね。

 私は当初、こうした文学作品にあらわれる遺産相続のスタイルの違いをリア王、ゴリオ爺さんといった“個人”の問題だと考えていました。しかし、事例を集めていくにつれて、「これはある“集団”の無意識があらわれているのでは?」という疑問を持つようになったんです。

次のページ トッドの家族類型に照らしてみると…