【ココに謎あり】史実とは異なる描写の理由とは?

 史実を題材にしているが、場面構成は事実とは大きく異なるポール・ドラローシュの『レディ・ジェーン・グレイの処刑』。実際に処刑が行われたのは屋外だがこの絵は宮殿の一室になっているし、服装も時代が違う。斬首にするなら断髪にしたのではないかとの説もある。しかしドラローシュは、清楚な少女のまま純白のドレスを着せることで、ジェーン・グレイの身の潔白を表したのではないだろうか。

ポール・ドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』 1833年 油彩・カンヴァス ロンドン・ナショナルギャラリー Paul Delaroche, The Execution of Lady Jane Grey,  (C) The National Gallery, London. Bequeathed by the Second Lord Cheylesmore, 1902

 聡明で美しく、およそ野心など持たなかったジェーン・グレイは、王位継承争いに巻き込まれてイングランド初の女王に担ぎ出されたものの、メアリー1世によって9日で玉座を追われ、16歳の若さで処刑された。罪状は、君主への反逆罪。ロンドン塔前の広場で行われた処刑は、民衆の見せ物となり、斬首された遺体はその場に4時間も放置されたという。1554年2月のことだ。

 本作が描かれたのは、悲劇の女王の処刑から280年後。フランス革命後の恐怖政治やナポレオンの独裁を経験したヨーロッパで、社会に抑圧されてきた個人の感情を表現するというロマン主義運動が吹き荒れていた時代である。

 フランス人画家のドラローシュは、史実を題材にしながら処刑場面を見事な構図で演劇的に、ドラマチックに描いている。白い布で目隠しをしたジェーン・グレイが首を載せる台を探り当てて身を差し出したら最後、次の瞬間、死刑執行人が大きな斧を振り下ろし、彼女の首は地面に転がる。想像するだけで背筋が凍る絵である。

 1900年にロンドンに留学した夏目漱石は、この絵を見て『倫敦塔』を書いた。「台の前部に藁が散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎と見えた。背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩れている、侍女ででもあろうか……」と、絵を解説し、血なまぐさい権力闘争の歴史の象徴である倫敦塔の怪しさを綴っている。何一つ罪はないのに権力者によって処刑される運命。こんなに怖いことはない。