19年ぶりの日本人横綱の誕生に沸いた大相撲。稀勢の里がその取組をもって表現した希望とは? 土俵は日本社会の縮図である――元大相撲力士・舞の海が著書『大相撲で解く「和」と「武」の国・日本』では「相撲」通して「日本とは何か?」を考える。

19年ぶりの日本人横綱、稀勢の里のドラマ

 平成29年(2017)、第66代若乃花の横綱就任から数えて19年ぶりの日本人横綱が誕生しました。第72代横綱・稀勢の里です。現・貴乃花親方、第65代横綱の貴乃花が平成15年(2003)に引退して、14年の間、日本人横綱はいなかったことになります。

「努力を重ねていれば、いつか、きっといいことがある」とよく言われます。それを稀勢の里は見せてくれました。
 

 稀勢の里は、大関に昇進してから初優勝までに31場所かかっています。横綱に昇進したのは新入幕から数えて73場所目のことです。

 30歳を超えての横綱昇進は、場所が15日制に定着した昭和24年(1949)以降、稀勢の里を含めて横綱が32人いるうち、吉葉山、琴桜、三重ノ海、隆の里、旭富士、そして稀勢の里の6人しかいません。現・伊勢ヶ濱親方の旭富士が横綱に昇進したのは平成2年のことですから、27年ぶりの30歳代力士の横綱昇進です。

 何度も何度もはねかえされながら、稀勢の里は挑戦し続け、その努力はついに実を結びました。きれいごとのストーリーと言ってしまえばそれまでですが、水戸黄門が最後に印籠を出すような、時代劇で正義の味方の侍が出てきて万事解決、「みんな無事で明日からの旅を続けよう、よかったよかった」というような、そんな物語を私たちに見せてくれたような気がします。

 喉につかえていたものがストンと腹に落ちる、爽快さがありました。私たちは、失敗を重ねながら優勝して、やっと横綱に昇進した稀勢の里を自分と重ね合わせて、活力をもらいました。

 本当のこと、現実のことを言えば、努力を重ねても、決して必ず、いいことがあるわけではないということは、誰でも知っています。しかし、それでもやはり人間は努力します。

 努力は必ず報われる―。人生というのは、そう思わなければ立つ瀬がなく、やっていけません。横綱になるまでの稀勢の里を応援してきた人は、稀勢の里のそんなところをずっと見てきました。そして、稀勢の里は、膨大な数の取組を通して、そこをきっちり表現してくれました。

 大相撲は、そういう風に、土俵上の力士の姿を借りて、人間や人生、世の中というものを見たり感じたりすることができるようにできています。稀勢の里の横綱昇進は、大相撲にはそういう役割があるということをよく表している出来事でした。

『大相撲で解く「和」と「武」の国・日本』より構成〉