国生み神話にみられる
異同の意味とは?

イザナミ、イザナギ像

<畿内が特別な『日本書紀』>

 国生み神話を『古事記』と『日本書紀』とを比較して読んだ場合、『古事記』では、大八島国を構成する8島のうち、大倭豊秋津島(畿内)は、1番あとに国生みされている。
 それに対して、『日本書紀』の諸伝承をみると、本文と第1・第6・第9の一書の4つの伝承において大日本豊秋津洲(畿内)の国生みが1番目として位置づけられている。

『日本書紀』のその他の伝承ではどうだろうか。第7・第8の一書においては、淡路洲についで2番目に国生みされたことになっている。ちなみに、第2・第3・第4・第5および第10の一書の5伝承には、国生みに関する具体的な記述はなされていない。

 このように『日本書紀』において国生み神話の最初に畿内がみられるのは、意図的なものと考えられる。言葉をかえるならば、畿内とその他の地域とを区別しようとしているといってもよいであろう。そして、これはとりもなおさず、『日本書紀』の編纂者の意識の表れといってよいであろう。

 つまり、律令国家にとって最も重要なエリアである畿内を国生み神話の第1番にすえることによって、律令体制の正統性を象徴化するねらいが、正史としての『日本書紀』の国生み神話にはこめられているのである。