心配していた台風が予想より早く通り抜け、秋の青空が見えてきた。
10月14日、日本でも最大級のけんか祭りが行われる播州姫路白浜に来た。けんか祭りとは、神輿や屋台が鉢合わせになり、追いかけあったり、お囃子の競演などをすることを言うが、ここでは壊すまで神輿をぶつけあう。神輿をぶつけ合うのにはいろいろな説があり、氏子の元気な様子に神様が喜ぶ、勇ましく神様のお乗りになった神輿をぶつけ合うことで神威が増す、などあるが、灘のけんか祭りでは故事にある「松原八幡神社の祭神・神功皇后が出兵しようと船出された時に船が波に揺られてぶつかりあう様子」を表現したとされ、室町時代から続いているという。
 

 

 

 

 

 

 


灘には7つの町があり、それぞれの町が毎年交代で年番を務める。今年の年番町は木場。14日は宵宮で、それぞれの町から屋台が松原神社に宮入をする。屋台の大きさは2トン。70人の締め込み姿の男たちによって担がれる。7つの町が赤、青、黄などの7色をシンボルとする。赤は「鉄を溶かすフイゴの火の色」、青は「播磨灘の色」、黄色は「貴人の色」、若緑色は「精気あふれる若竹」などの意味を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各町の屋台が松原神社に宮入をする時に最初に屋台小屋の「だんじり」が走り行く。だんじりの屋根では「露払いの獅子」が舞う。

 

日が落ちると松原神社前で練り合わせが始まる。練り合わせといっても競争。まず、相手を威嚇するかのように屋台を前後に揺さぶると、それに呼応する対戦相手の屋台が揺さぶり応える。そしてお互いの屋台を高く差し上げ、くっつけて練り合わせる。力尽きて早く降ろした方が負け。「けんか」がここからもう始まっているとは知らなかった。圧巻は4台の屋台による練り合わせだ。

 

 

 

 

 

 

 

翌15日は本宮。午前7時より木場地区にある小赤壁海岸で「潮かきの儀」が行われた。年番町はこの日に「けんか神輿」を出す。男衆が氏子代表らを肩車して、海で禊ぎを行った。
 

 

 

 

 

 

 


屋台が松原神社に入ってきたあと、いよいよけんか神輿だ。木場の神輿の担ぎ手が、松原八幡神社の鳥居から拝殿までを三度往復し、一の丸、二の丸、三の丸の三基の神輿を担ぎ上げるとすぐに、拝殿前でぶつけ合い「神輿合わせ」をする。神輿がぶつかり壊れ、倒れる。さらにその上に神輿が重なる。ケンゴーという棒で神輿を支えるが、神輿の間に担ぎ手が入ると大けがをするので、見ている方も必死になる。やがて屋台と神輿は「広畠」という御旅所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

広畠の御旅所には、10数万人の地元の観客が桟敷席で詰め合っている。ここで屋台の練り合わせが行われる。練り合わせた屋台は御旅所の頂上にある御旅山の本宮参拝への山道を登っていく。
 

 

 

 

 

 

 

 

山道から降りてきた屋台は、広畠で再び練り合う。注目は今年新調された東山と、昨年新調された八家の屋台の練り合わせ。新調すると2年間、屋根は無垢のままで漆を塗らない。この2台の屋台の練り合わせの勇壮さが伝統で、なんと20分間屋台を差し上げて練り合い、お互いに一歩も譲らない。鈴なりに連なる桟敷席の群衆もすごい。

 

 

 

 

 

 


日が暮れると、3基のけんか神輿も御旅山から降りて来て、最後のぶつけ合いをする。壊れた神輿は、来年の9月までは拝殿に安置し、それから10月のけんか祭りのために基礎だけを残して新調するという。広畠の桟敷席は地元の人が明治時代から借用契約を結んでいて一般の観光客には桟敷席への入場は大変にむずかしい。もし、灘地区に知り合いができてお誘いを受けたら、とてもラッキーなことだ。


兵庫県姫路市
灘のけんか祭り
2014年10月14-15日 撮影/芳賀日向