日本人の約16%が経験しているという鬱病。鬱病は特別な人だけのものではなく、誰だって罹る可能性があるものだ。コミックエッセイ『うつヌケ』(田中圭一・著)は著者自身の鬱病から快復までの経験と、著名人から一般人まで鬱病を経験した人たちへのインタビューを重ね、大ヒットとなっている。これまで下ネタギャグ漫画(『田中圭一最低漫画全集 神罰1.1』『イかれポンチ』)を書き続けた田中氏はなぜ、この鬱を題材にしたのか。一週間連続インタビュー連載「学考」第一回。

『さよならもいわずに』に衝撃を受けた

――どうして『うつヌケ』を書こうと思われたのですか?

 

田中 物書きですから鬱の最中にも、「いつか脱出したら本にしてやるぞ」という気持ちはありました。ちょうど鬱を抜ける一年前、2010年の12月ですから、一番、症状が重たかった時期ですかね。

 当時、漫画家とサラリーマンの二足のわらじを履いていたとき、ある商談の前にギャグ漫画家の上野顕太郎さんの『さよならもいわずに』というマンガを読んだのですが、もう商談どころではなくなるぐらいの衝撃を受けて…立ち上がれない状態になりました。その作品は、上野さんの最愛の奥さんが突然亡くなって、そこから一年間ずっと苦しみぬいた日々を丹念に描いた、まあ稀代の傑作ですよ。何がすごいかというと、例えば自分の大切な人が死んだという悲しみは、普通なら人に話して、その悲しみの10~15%程度しか伝えることができないですよね。でも手練手管の素晴らしい漫画家が描くと、95%ぐらい伝わってしまうんですよ。

 アニメやドラマや演劇では届かない所を伝えることができる。写真のトレースを使ったり、デフォルメしたり、あるいは引用したりと、マンガ特有のあらゆる手法を使うことで、読者が作者と一体になってしまう…。自分の経験をどれだけピュアに読者に伝えることができるかどうかが腕の見せ所だ、と上野さんの作品を読んで気づかされたんです。

 結局、ギャグマンガ家というのは常に読者との間の距離感、「ウケるかウケないか」を意識しながら描いているので、こうした緻密なストーリー漫画に取り組んでみても、かなりレベルが高くなる。あれだけ徹底したギャグ漫画を描いている人が自分の悲しみを伝えようとすると、こんなにすごい作品ができるのだと、ある意味うらやましいと思ったのですね。

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