初めて宮を定めて
天下を治めた神武天皇

奈良県大台ケ原の神武天皇像

 神武天皇の称号については「始馭天下之天皇」のみがクローズアップされがちだが、その前後の言葉も含めて見ると、この称号は、神武天皇が初めてヤマトの地に宮を定めて天下を治めた天皇であるという、その事績を誉め讃えた詞章であることが分かる。『日本書紀』神武天皇即位元年には次のように記されている。

故、古語に称へて曰さく、「畝傍の橿原に、底磐之根に宮柱太立て、高天之原に搏風峻峙りて、始馭天下之天皇を、号けたてまつりて神日本磐余彦火火出見天皇と曰す」。

 古くから伝わる称え言としてまず、「畝傍の橿原に、底磐之根に宮柱太立て、高天之原に搏風峻峙りて、始馭天下之天皇」があり、この天皇を名付けて「神日本磐余彦火火出見天皇」と申し上げると記す。
 神の名や土地の名には、様々な修飾語が付けられている場合がある。その中には例えば、「五百津鉏々猶ほ取り取らして天下造らしし大穴持命」「国引き坐しし八束水臣津野命」(『出雲国風土記』)等のように、その神の事績を冠しているものがある。神の名に多くの修飾表現が付くのは、神が託宣を下す際の名告り等に見られるものであり、祭式の中で唱えられた詞章が元になっていると考えられる。

 また天皇名に関しては、「纏向の日代の宮に御宇しめしし大足彦の天皇」(=景行天皇、『肥前国風土記』)等と表されることが多い。ここに「始」を入れれば神武天皇の呼称と極めて近い表現となる。ただし神武天皇の場合には「底磐之根に宮柱太立て、高天之原に搏風峻峙りて」という、天上世界・地下世界に届くほどの壮大な宮殿造営の様を示す表現が含まれている。
 このフレーズは祝詞(『延喜式』所収の祝詞では祈年祭・平野祭・春日祭等)に見られるものであり、古くから祭祀の場で発せられていた詞章に関わる表現であると想像される。