天上と地上、神話と天皇とを
結びつける存在

奈良県大台ケ原の神武天皇像

 神武天皇なぜ取り立てて宮殿造営に纏わる詞章がここに加わっているのだろうか。

 実は『古事記』ではニニギノミコトのいわゆる天孫降臨の際に「底津石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽たかしりて坐しき」という似通った表現が見られ、高天原から日向へ降臨し、そして宮殿を造営するという展開がある。しかし同じ天孫降臨の場面、『日本書紀』に宮の造営に関わる記述はない。あるいはこの神武天皇の即位まで引き延ばされたということでもあろうか。

 つまり、日向への降臨からヤマトへの東征、宮殿造営からの即位という流れを作ることで神話世界(天上世界)と天皇の世界(地上世界)とを直結させるのであり、天上世界を背負っていることを保証し得るような表現としてあるのではないか。

 神武天皇の名「神日本磐余彦火火出見天皇」の中の「彦火火出見」は、『日本書紀』ではニニギノミコトの子の中にもすでに見える名である。そのことから、元々の伝えではニニギノミコトが降臨し、その子の彦火火出見が天皇として即位するという展開だったのではないかという見方がある。後に神話の時代から天皇の時代へと至る間に遙かなる時の隔たりを設定するために、初代天皇をニニギノミコトの四世孫に位置づけたとするのである。

 仮にそうであったとしても、神武天皇の称え名に「彦火火出見」が含まれるのは、むしろニニギノミコトとの繋がりを強調する意味合いがあるのではないか。遙かなる隔たりを持ちつつも、内実としては降臨神と直結する天皇だという主張であり、それでこそ古くから伝わる称え名としての意味を持つということである。

 ちなみに「始馭天下之天皇」の語構成をみると「始+馭天下之+天皇」となっている。従って「始」はハジメテと読むほうが適している。さらに「天下」は「クニ」とは読めない。それ故「ハジメテアメノシタシラススメラミコト」と読むべきだという見解も出されている(矢嶋泉説)。そう読めるとするならば、崇神天皇の称号が持つ意味合いとの違いがより明確になるであろう。